こんにちは。トレーナーの猿渡です。
インターネットやSNSが発達してきたこの頃は、いろんな情報がサクッと手に入ってしまいます。スポーツで言えば、怪我やトレーニング方法などもネットで調べればすぐにそれっぽいことが出てきます。
でも、ワンクリックですべて本当に解決できるなら、僕らのやっている仕事っていらないですよね。そんな事を考えていた学生時代、自分自身の取り組み、存在意義について考えさせられた、あるトレーナーさんの投稿がありました。今回はその投稿からご紹介させていただきます…
「正しい医療情報ってそんなにタダで転がってると思いますか?」
私も何度かセミナーや講習会に参加させていただいていて、1度母校で行われた講習会にも講師として参加していただいた(あのときはオンラインでアメリカから…)ことのある、阿部さゆりさんのTwitterの投稿です。
『①「医者にこう言われたんですけど、皆さんどう思いますか?」みたいなツイッター投稿を見かけるとやるせない気持ちになりますね。質問があるなら医者に面と向かってすればいいし、懐疑心があるならもう一人の医者にかかってセカンドオピニオンもらえばいいんです。 ②専門家に言われたことが期待外れだったからツイッターで一般の方からご意見募集しちゃえっていうのはなぁ。例えそれに反応する人の動機がピュアな善意でも、責任の負いようのない素人のanecdotal(=根拠に乏しい, 事例に沿った)な症例に基づく意見聞いてどうすんの。正しい医療情報ってそんなにタダで転がってると思いますか? ③某MLB選手が以前「皆さんのお勧めのリハビリありますか?」と聞いていたのも残念に思いました。おそらく彼は「俺のピッチングコーチはこう投げろと言ってるんだけど、皆どう思う?」という投稿はしないと思うんだよね。(→コーチに言われたことは素直に飲み込むけど、トレーナーに言われたことには懐疑心を抱く、といったところでしょうか…)それならばなぜ医療従事者の知識や意見はそんなにも軽んじられてしまうんだろう。 ④もっと知りたいなら学術論文読めば、と思うけど素人さんではそうもいかないでしょう?だったらそういったものを日々読んで新たな知識を育てているプロの意見をもう少し信頼したり頼ってもいいんじゃないかと思います。 ⑤少なくとも私なら「なんでコレやるの?」「他にはどんな選択肢があるの?」とガンガン質問ぶつけてくれる患者さんの方が、ハイハイと分かったふりだけして裏で勝手にコソコソ調べて好きなことやっちゃう患者さんより断然一緒に仕事がしたいです。後者の患者が良いアウトカムに繋がったことないです。』
-2016/11/29 阿部さゆりさん(@sy_littlelily)のTwitterより-
「都合の良い情報」≠「正しい情報」
投稿の中ではTwitterで意見を求めていますが、そうはしなくても、我々から言われたことに納得できなくてネットで調べるのも、選手のメンタリティーとしては同じなのかなと思いました。Twitterで意見を求めたり、ネットですぐに調べること自体は、別に悪ではないと思います。しかし、阿部さんの言うように、「anecdotalな」情報を吸収してしまう、出どころのわからない情報を正しい情報として受け取ってしまうのは、ハイレベルなアスリートにとっては良い選択ではないと思います。
実際、私がこれまでに接してきた選手の中にも、こういう選手はいます。
「ネットでこういうのがいいって書いてあったんでそれ家でやってます。」
「知り合いが同じ怪我してるんですけど、その子からこのメニューやったほうがいいって言われました。」
仮に、そのメニューが決して間違いではなかったとしても、他人の経験がそのまま目の前の選手に当てはまることなんてないし、こちらは選手1人1人に合わせたプログラムを考えているつもりです。こういうことを言われてしまうと、とてもやるせない気持ちになります。この選手は自分のこと信じてないんだな。と思ってしまいます。
自分ではもっとできそうなのに全然やらせてくれなかったり、毎日代わり映えのないメニューだったり、きついトレーニングだったり…。確かに、医者や我々が提示する方針は、選手にとって気に入らないことの方が多いかもしれない。
でも、手軽に手に入り、良さそうに見える、自分にとって「都合の良い情報」が本当に「正しい情報」とは限りません。時には、自分にとって「都合の悪い情報」と向き合わなければならないし、それが「正しい情報」であることを、ちゃんと理解しなければなりません。(我々がちゃんと理解させなければならない。)
残念ながら、医者や病院の悪口を言う選手もいます。「あそこの先生はいつも復帰を長引かせる。」「あのリハビリの先生はいつも同じことしかやらない。」とか。私たちにとっては、病院の先生方がしてくれる、大事をとった線引きは非常に有益なものです。その線引きが、先生に診てもらう前から予想がつくものだったとしても、それがあるのとないのではかなりの差です。我々(選手もトレーナーも)が医者の善し悪しを決めるということは、まったくの見当違いです。これも阿部さんが言うように、気に入らないなら医者に直接質問すればいいし、医者の話を聞いているトレーナーにちゃんと質問すればいいと思います。それでも納得がいかなければ別の病院にかかればいい。
こういうとき、一番がっかりしてしまうのは、
「病院が何もしてくれないから、行くのやめて今は治療院通ってます。」
という選手です。
まず、治療院に行くことが根本的な解決にはなりません。1つのオプションとして治療院を利用することは間違ってはいないと思います。しかし、根本的な解決を求めて治療院に行くことは良くない。逆にいえば、サービスを求めて病院に行くことも間違っている。病院は、「何かをしてくれる」場所ではない。我々トレーナーも、それと同じ。選手に「何かをしてあげる」仕事ではない。
我々や病院の先生にサービスを求めたり、我々への懐疑心から治療院に通ったりすることは、自分自身としっかり向き合えていない証拠だと思います。アスリートとして今よりも向上するためには、自分にとって 嫌なこと とトコトン向き合わなければならないんです。
信頼される「嫌なヤツ」になる。
私は、Twitterで意見を返してくれる人や、ネットでその記事を書いてる人や、似たような経験をした知り合いの人より、今のあなたのことをちゃんと見てます。ちゃんと知ってます。あなたに還元するための正しい情報を、知識を毎日育ててます。だから、納得いかないこともあるかもしれないけど、私を信じて、一緒にやっていきましょう。
私は、阿部さんの文章の裏に、こんな熱い思いを感じました。そして、それに憧れましたし、そうならなければいけないと、思いました。
正しい医療情報なんて、そう簡単に手に入らない。例えどこかに紛れていたとしても、それを取捨選択することは簡単なことではない。だから、他所に情報を求めるよりも、サービスを求めるよりも、「この人の言うこと信じてれば大丈夫」と、選手に思わせなきゃいけない。「ここから先は俺に任せろ」って言えなきゃいけない。そのために、選手と向き合って、毎日毎日、勉強して勉強して、疑って、見分けて、自分のものにする。それが我々の仕事であり、責任だと思います。
我々はサービス業じゃない。時には「都合の悪い、正しい情報」を提示しなければいけない。「嫌なヤツ」にならなければいけない。「嫌なヤツ」になることを恐れて、甘えられることだけを求めて、ただ満足するようなことをしてあげたり、そんなことをやってちゃいけない。
こっちができること全部やって、ちゃんと選手と向き合っていれば、選手にとって嫌なこと、気に入らないことも、自分のためだと理解して一緒に前を向いてくれるはず。本当の意味で信頼されない「良いヤツ」よりも、信頼される「嫌なヤツ」にならなきゃいけない。
怪我をして、弱って、焦ってしょうがなくて、不安でたまらなくなるのは十分私たちにもわかります。でも、こういう時こそ、もっともっとアスリートにならなくちゃいけないし、私たちは、その傍で一番に信頼される人にならなきゃいけないと思います。
この投稿を見たとき、いろんなことが頭の中を巡って、ここに書いたようなことを思い浮かべました。それと同時に、何とも言えない感情が湧いてきて、胸が熱くなったのを覚えてます。約1年前になりますが、学生だったあの時と気持ちは変わりません。
阿部さゆりさんはアスレティックトレーナーの中ではかなり有名な方ですし、キャリアをみても成功している人の一人だと思います。それでいて、選手に対してもとても熱い思いを持っている方です。そんな阿部さんのこの投稿は、本当につぶやき程度のものだったのかもしれません。しかし、私はこのつぶやきから、いろんなことを学びましたし、今でもこの文章から諭されているような気がしています。
これまで考えていたことを自分で文章にすることで、この文章に自分を監視されているような、また諭されているような気がします。ここからまた、気を引き締めてやっていこうと思います。