少し間が空いてしまいましたが、前回に引き続き、今度は「胸郭」部分について。
体幹の部分でも出てきましたが、胸郭を語るのに欠かせないのが横隔膜(Diaphragm)について。そして、横隔膜によって機能する呼吸についてです。②では、体幹・胸郭部の筋の働きに注目して、この辺りについて詳しく見ていきたいと思います…。
努力性吸気/呼気
安静時の呼吸は、横隔膜をはじめとする筋の働きによって始まると、前回(「タイカン」と「キョウカク」①)お話しましたが、これに加えて、通常よりも多くの吸気量/呼気量を必要とする際には、より多くの筋を動員した努力性吸気/呼気が行われます。

吸気においては、酸素需要が高まると、換気機能を最大化するために通常の主動作筋(横隔膜、斜角筋群、肋間筋)を補助する、努力性吸気筋(補完筋)の働きが必要となり、これによって吸気率と吸気量の双方を増大させています。
いずれも胸郭(胸骨および肋骨)付近に付着部を持つ努力性吸気筋は、直接的あるいは間接的に胸郭を拡張させる作用線を持つため、その活動によって結果的に胸腔内容積を増やす(→肺容量を増やす)のを助けています(2)。
努力性呼気は、咳やロウソクを消すなどといった場面でみられ、ウェイトトレーニングで重い重量を挙上する際に、意識的に息を吐きながら行ったりするのもこれにあたります。呼気については通常時と同様で、努力性吸気の後に同じレベルで努力性呼気が行われるという訳ではなく、吸気量が増えてもそれに続く呼気では、意識をしない限り、ほとんどが受動的な過程(吸気筋の弛緩、胸郭の縮小、肺の弾性…)を経て空気の流出が行われます。
下図のような腹筋群が努力性呼気筋として活動し、これらの働きによって、腹腔の内圧を高め、弛緩した横隔膜を胸腔に向かってグッと押し込んでいくことで、胸腔から空気を流出させるのを補助しています(シリンダーの図で言うと、底のゴムをただ離すのではなく、それをさらに押し込んでいくイメージです)。
「胸郭の可動性」
「体幹トレーニング」と同様、最近スポーツ現場でよく耳にするようになった「胸郭の可動性」や「胸郭モビリティートレーニング」などと言った言葉。この、「胸郭の可動性(=Thorax mobility)」とは一体何なのでしょうか…。

実は、「胸郭の可動性」には、横隔膜をはじめとする呼吸の主動作筋(呼吸筋)と、呼吸補助筋の働きが密接に関わっているのです。
呼吸に不可欠であるこれらの筋は、胸郭付近に付着し、直接的に胸郭の拡張/縮小に関わるため、「胸郭の可動性」を司る一つの要素であると考えられます。ですから、これらの筋の機能低下は、「胸郭の可動性」の低下に繋がり、さらに呼吸機能にも影響を及ぼす可能性があります。

スポーツの中から考えてみると、競技動作においては、よりダイナミックな身体の動きが要求されますが、「胸郭の可動性」は、より大きな動作を行う上で重要な役割を担っていると考えられます。上肢の動きを例にとってみると、大きな上腕の動きには肩甲胸郭関節および胸郭の連動(2)が必要だと言われています。上腕の挙上動作では、単に肩関節の運動だけではなく、胸郭(胸骨-鎖骨-肋骨)の挙上から始まる、胸鎖関節(胸骨-鎖骨)、肩鎖関節(鎖骨-肩甲骨)の回旋、それらが生み出す肩甲胸郭関節上での肩甲骨の上方回旋が組み合わさって起こっています。

このような胸郭(体幹:胸椎)から末梢への連動は、上腕の挙上だけに限らず様々な上肢の動きにおいて起こっており、ダイナミックな動作で不可欠であると考えられます。そしてその連動の基礎には、「胸郭の可動性」と、それを可能にする「胸郭から上肢帯の連動に関わる筋」の機能(動的な柔軟性:主働-拮抗筋バランス)が重要であると言えます。
この「胸郭から上肢帯の連動に関わる筋」の中には、胸郭の動きを司る呼吸筋も多く含まれているため(大胸筋や広背筋はその代表例)、これらの筋の機能を高めることは、呼吸筋の機能を高めることにもなると考えられます。(次の項で詳しく…)
これらのことから、スポーツ現場でよく耳にする「胸郭の可動性」というのは、結合組織や関節などの器質的な可動性を指しているというよりも、「胸郭から上肢帯の連動に関わる筋」の機能、すなわち機能的な可動性を指していると考えられます。(もちろん、「胸郭の可動性」には、筋以外にも他の結合組織や関節の硬さも関わっていますが。)
ですから、「胸郭の」可動性だからと言って、徒手で関節そのものにアプローチする「関節のマニュピレーション」のようなものよりも、筋をダイナミックに動かして、機能的に「胸郭の可動性」を向上させ、パフォーマンスに通じる動的な柔軟性(主働-拮抗筋バランス)を獲得することが、スポーツ現場で行うべきことだと考えています。

胸郭の可動域と換気機能
これまでの話から、「胸郭モビリティートレーニング」でターゲットとなる筋は、胸郭付近に付着し、多くが呼吸に関与する筋であると言えます。
このように、呼吸筋・努力性呼吸筋の機能が、「胸郭の可動性」云々に大きく関わっていると仮定すると、その「胸郭の可動性」は、呼吸・換気機能にも直接的に影響を及ぼすのではないかと予想されます。
そんな予想のもと、いくつか文献をあたってみたところ、胸郭の可動域と換気機能の関係について調査した研究があったので、少し紹介したいと思います。
この研究(3)では、呼吸リハビリテーションの分野において、換気量の増大を目的として胸郭可動域の改善プログラムが実施されていることを挙げ、この前提をもとに胸郭拡張差(最大吸気と最大呼気の胸郭周径の拡張差)と最大吸気量の関係について検討しています(胸郭の可動性が大きければ、その分空気をたくさん吸えるか、という調査)。
実験は「BREATH」という胸郭測定装置(胸囲にワイヤ搭載の装置を巻いた状態で呼吸運動をさせることでワイヤが伸び縮みし、拡張差を測定する)と、呼気ガス分析装置を使用して行われ、被検者(n=37名:M=19, F=18, 年齢:M=31.1±6.7, F=31.1±7.4)は安静座位にて10回深呼吸を行い、その間の一呼吸ごとの胸郭拡張差と換気量を機器を用いて同時に測定しています。

結果は上の図のように、最大吸気量と胸郭拡張差に正の相関が認められ、得られた2字曲線の式から算出すると胸郭拡張差1cmあたり換気量が約260ml~450ml増えるとしています。ちなみに、通常呼吸での一回換気量は500ml程度ですので、胸郭可動域のポテンシャルの差異だけでこれだけ増減するというのは驚きです…。
胸郭可動域と呼吸筋の機能(柔軟性など)の関係について考察してみると、そもそも吸気筋と呼ばれる筋自体の働きは「胸骨・肋骨の挙上(→胸郭の拡張)」であり、働きそのものが「呼吸(吸気)」とはなっていません。筋の活動がまず胸郭の拡張を起こすことによって、胸腔内に圧変化を発生させ、物理の法則に従った結果、肺に空気が流入してくるのです。

この研究に当てはめて考えてみると、最大吸気量が大きいということは、吸気筋がしっかりと働いている(それに拮抗する他の呼吸筋も適した柔軟性を有している)ということであり、つまりは、「吸気筋がしっかり働く→胸郭の拡張がしっかりと行われている」ということになりますから、胸郭可動域も大きくなるはずです。
文献の中では、被検者の運動歴については触れられていませんので、もしかしたらエンデュランストレーニングを行っている被検者がいたら、胸郭可動域云々とは別の要因で吸気量を増加させている可能性もあるかもしれませんが、仮にそうだとしても、本実験結果を受けて「胸郭可動域を改善することで、換気機能が改善する可能性がある」と考えることは決して的外れではないと思います。
「胸郭の可動性」は換気のポテンシャルとも言えますから、持久系のトレーニングを積んでいようがなかろうが、これを改善させることに何のマイナスもありませんよね。
「胸郭のモビリティートレーニング」
そんなこんなで、私の見ているチームでは、いくつかの利益を狙って「胸郭のモビリティートレーニング/エクササイズ」を取り入れている訳なんですが、最後はその利益についてもう一度整理して見ていきたいと思います。
我々のチームで行っている「胸郭のモビリティートレーニング/エクササイズ」では、主に胸椎の屈曲/伸展および回旋、肩甲胸郭関節の動きと肩甲上腕関節(肩関節)の動きを取り入れたドリルを行っています。この動きのために使われる筋の多くが、呼吸筋を含む胸郭(胸骨-鎖骨-肋骨)付近に付着部を持つ筋であるため、これらの動きによって「胸郭の可動性」=「胸郭から上肢帯の連動に関わる筋」の機能を促通することができると考えているからです。

他にも、これらの動きを取り入れる理由としていくつかの事が挙げられます。まず、胸郭と胸椎は解剖学的に関節を形成しているため、一方の可動性の有無は解剖学的あるいは筋生理学的にもう一方に大きく影響を及ぼす(4,5)と考えられます。そのため、胸椎1つ1つを意識して体幹から動かすようなメニューも取り入れるようにしています。
また、胸郭と上肢帯の連動を意識させたダイナミックなメニューも多く取り入れています。先に書いているように、こうした動きを取り入れることで、胸郭の連動を含めた上肢帯の動作に関わる筋の動的な柔軟性を獲得することができ、さらに、動作の中で上肢の動きに誘導されることによる、胸郭の更なる可動性が引き出されることも期待しています。
重要なこととして、これら「胸郭のモビリティートレーニング」を行う際に、共通して注意していることが1つあります。それは呼吸です。メニューの中で、胸椎の可動性にフォーカスしたもの、あるいは上肢帯との連動をフォーカスしたものどちらにおいても、それらの動きに誘導され胸郭の拡張と縮小が起こります。これまでに確認してきたように、吸気筋は胸郭の拡張に、呼気筋は縮小に貢献し、これらの筋の働きは換気に欠かせない胸腔内の容積変化をコントロールしています。
さらに、これら呼吸筋がしっかり働くかどうかが「胸郭の可動性」にも大きな影響を与えているため、「胸郭のモビリティートレーニング」において、胸郭の拡張/縮小に合わせて意識的に吸気/呼気を行うことで、上肢帯による胸郭の動きの誘発と、本来の呼吸筋の働きによる胸郭の動きが相まって、動的な柔軟性と胸郭の可動性に対する効果が増幅されると考えています。

怪我の予防という観点からも、「胸郭の可動性」を向上させることによる利益を見ることができます。胸郭と直接関節を形成している胸椎は、脊柱の中でも可動性が大きな部分であり、その回旋可動域は腰椎の約4倍と言われています(4,6)。本来可動性を持つべき腰椎の可動性が減少すると、体幹回旋の可動域を腰椎で代償する可能性が出てきます。胸椎に対して腰椎は大きな可動性を持たないため、このような代償は腰部の障害に繋がると考えられます。このように、腰椎にかかる過剰な負荷を抑え、怪我を予防するためにも、胸郭-胸椎の可動性を確保することは重要であると考えられます。
以上のことから、「胸郭のモビリティートレーニング/エクササイズ」を行うことにより、胸郭-上肢帯の連動に関わる筋≒呼吸に関わる筋の機能(「胸郭の可動性」)を向上させ、競技動作に不可欠な動的柔軟性の獲得と換気機能の向上が期待でき、結果的にパフォーマンスの向上につながると考えています。
1) Richard L.Drake, A.Wayne Vogl, et al:グレイ解剖学 原著第2版. エルゼビアジャパン株式会社, 2013
2) D.A.Neumann:カラー版 筋骨格系のキネシオロジー 原著第2版. 医歯薬出版株式会社, 2013
3) 小池 友和, 藤谷 順子, 他:胸郭可動域と深呼吸時の換気量との関連について. 理学療法-臨床・研究・教育, 2017;24:36-39
4) 竹内 誠貴, 工藤 卓人, 他:健常成人における機能的残気量増加が体幹回旋可動性に及ぼす影響. 理学療法科学, 2017;32(4):473-476
5) 草苅 佳子, 佐々木 誠:円背姿勢が呼吸循環反応ならびに運動耐容能に及ぼす影響. 理学療法科学, 2003;18(4):187-191
6) A. I.Kapandji:カラー版 カパンジー 機能解剖学 Ⅲ 脊柱・体幹・頭部 原著第6版. 医歯薬出版株式会社, 2013
[…] ここで、さらに合わせて考えたいのが、前回(「胸郭の可動性」について)挙げた、呼吸筋と「胸郭から上肢帯の連動に関わる筋(胸郭付近に付着し上肢帯の動きに関係する筋群)」の関係についてです。 […]
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[…] →→→「タイカン」と「キョウカク」② […]
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