3つに渡った「体幹」と「胸郭」についてのお話も、今回の③で最後になります。最後はこれまで再三出てきた「横隔膜」と「呼吸」と言う観点から、「体幹」と「胸郭」の関わりについて考察していきます。
私自身、実際に現場で処方することの多い、「体幹トレーニング」と「胸郭モビリティートレーニング」。これまでの記事は、「これ良いかもしれない」という現場の感覚を後押しするためのエビデンスを、継ぎはぎにつなぎ合わせたようなものです。ただの「こじ付け」に過ぎない文章ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです…。
神経支配から見る横隔膜の可能性
呼吸筋である横隔膜が「胸郭の可動性」に大きく関わっていると考えられる理由は、前回(「タイカン」と「キョウカク」②)までにいくつか挙げてきましたが、ここで今までとは違った視点からその関わりについて見てみたいと思います。
横隔膜は、頚部にある頚神経叢(Cervical plexus:C1-C4)の枝として起こる横隔神経(phrenic nerve)により支配されています。横隔神経は、脊髄のC3-C5レベルから起こり、横隔膜の運動神経支配と中心部の感覚神経支配を行っています(1)。
この横隔神経は、その脊髄レベルからみて、頚神経叢はもちろん、肩甲骨から上肢を支配する主要な神経である腕神経叢(Brachial plexus:C5-T1)も跨いでいることになり、横隔膜に対する運動指令は、頚神経叢および腕神経叢の支配領域にも影響を及ぼす可能性があると考えられています(2)。

このことから、横隔膜の機能低下や異常な出力パターン(不足あるいは過剰)が発生することで、頚部から上肢帯にかけての運動抑制機能に影響が出るのではないかという見解もあるようです(2)。これは、呼吸リハビリテーションにおいて、頚部や肩回りの筋の機能向上が、呼吸機能の改善のための重要な構成要素となっている(2)ことからも、関連が予想できるところであります。
ここで、さらに合わせて考えたいのが、前回(「胸郭の可動性」について)挙げた、呼吸筋と「胸郭から上肢帯の連動に関わる筋(胸郭付近に付着し上肢帯の動きに関係する筋群)」の関係についてです。
スポーツパフォーマンスに不可欠だと考えられる「胸郭-上肢帯の連動に関わる筋」は、適切な動的柔軟性を有することで、より大きく胸郭を可動させ、ダイナミックな動作を可能にし、一方の呼吸筋は、胸郭を直接的に拡張/縮小させ、酸素需要が高まった時などは、呼吸補助筋の働きも相俟って胸郭をより大きく動かす働きを持っており、これら両筋群は「胸郭の可動性」に大きく関係を持っています。
さらに、呼吸筋(補助筋)且つ「胸郭-上肢帯の連動に関わる筋」という2つの役割(→Dual role:呼吸筋+動作筋(6))を持った筋もいくつか存在するため(肋間筋、斜角筋、小胸筋、大胸筋、広背筋など…)、これら2つの筋群の機能には相互関係があると考えられます。

さて、これに神経支配についても考えてみると、「胸郭-上肢帯の連動に関わる筋」と考えられる筋群のほとんどは、腕神経叢による支配を受けているので、主要な呼吸筋である横隔膜の機能が、腕神経叢の支配領域にも影響を及ぼすと仮定すると、両筋群の関係性がより密接に見えてきます。
つまり、筋の機能から見ても、神経支配から見ても、横隔膜がしっかり機能していれば、「胸郭から上肢帯の連動に関わる筋」の機能(=腕神経叢の支配領域)も向上する可能性があり、「胸郭の可動性」においては相乗効果が期待できるということになります。逆に、横隔膜の機能が低下すると、「胸郭-上肢帯の連動に関わる筋」も正しく働かなくなり、「胸郭の可動性」へのマイナス効果、あるいはそこからパフォーマンスへの悪影響へと繋がってしまうと予想できるでしょう。
すなわち、呼吸筋と「胸郭-上肢帯の連動に関わる筋」との関係においては、横隔膜の適切な働き無くして、Dual roleもなければ、互いに与えるプラスの影響もなくなってしまう可能性があるということです。
ですから、「胸郭のモビリティートレーニング」においても、動作に合わせて適切に呼吸を行い、しっかりと呼吸の主動作筋(横隔膜など)を動員して、なおかつダイナミックな動きの中で呼吸補助筋も使っていく。こうすることで初めて、「胸郭の可動性」×「胸郭-上肢帯の連動」×「呼吸(換気)機能」の向上という相乗効果が期待できると考えられます。
横隔膜とパフォーマンス
これまで書いてきた通り、横隔膜をはじめとする呼吸筋の機能が、体幹機能や胸郭機能に影響を及ぼす可能性が高いということは、前回・前々回とも触れてきた部分でありますが、それぞれがパフォーマンスに与える影響やトレーニング方法・強度などについてレビュー文献(4,5,6)を参考にしながら再度見ていきたいと思います。

呼吸、換気が我々が生きていく上で不可欠な機能であることは言うまでもなく、これはスポーツにおいても同様で、換気機能がその運動耐容能に直結している競技も多くあると考えられます。呼吸・換気機能の強弱は、パフォーマンスに重大な影響を与える要因の1つ(5)なのです。
ではそもそも、横隔膜をはじめとする呼吸筋の機能は運動中どのような機序でパフォーマンスに影響を及ぼしているのでしょうか。
我々の運動時の換気においては、運動を行うことで起こる筋・関節周辺の動きや筋内圧力の変化、代謝産物の濃度変化などを末梢の受容器が感知し、反射的に呼吸中枢を刺激して呼吸筋の出力を調整することにより換気亢進を行っています(これに加えて、上位中枢によって運動強度に伴って換気調節を行うセントラルコマンドの経路からも調整を受けるている)(10)。
このような神経性調節機構によって、高強度の運動時には、持続して肺に空気を取り込むために呼吸筋の活動が活発に行われますが、然ることながらこのような運動が持続的に行われる(≧80~85%VO2max, ≦85%SaO2(動脈血酸素飽和度))と呼吸筋は疲労していきます(運動誘発性呼吸筋疲労)。そしてこの呼吸筋の疲労は、肺のコンプライアンスの低下と主要な呼吸筋である横隔膜の伸縮性の低下を招き、呼吸に必要な弾性エネルギーの低下を引き起こします(5)。

これと同時に循環器系では、高い酸素摂取量を得るために、心拍数と1回拍出量を増やすことで心拍出量を増加させています(10)。運動により筋の活動水準が高まれば、より多くの血流量や酸素供給が必要になり、通常、最大下負荷の運動においては、心拍出量の大部分は直接動作に関わる筋に向かわせるように血流が再分配されていきます。
しかし、持続的な高強度の運動で、さらに呼吸筋が疲労して、弾性エネルギーの低下した換気効率の悪い呼吸を行うような状態になると、呼吸筋の活動水準を高める必要が出てきます(無駄に頑張らせなければならない)。このような、心拍出量が上限に達しているような高強度の運動では、相対的により多くの血液や酸素を呼吸器(呼吸筋や肺など)に分配しなければならないため、生体では反射的に主動作筋(下肢筋)の血管収縮を引き起こし、血液分配を減らすことで呼吸器に優先して血流を分配させる(5,6)ようになる(代謝性反射:Metaboreflex)と言われています。

この代謝性反射によって起こった主動作筋への血流制限によって、動作に直接関わる筋の疲労を引き起こし、結果的にパフォーマンスの低下に繋がるという訳です。
このような機序から、呼吸筋を強化して疲労時の相対的な活動水準の高まりを抑制することで、主動作筋への血流量や酸素供給量が確保され、疲労を遅延させることによって持久性のパフォーマンスを高めることができる(5, 6)と考えられます。
さらに、違った視点から運動によって起こる呼吸筋の疲労について考えてみると、呼吸筋の中でも横隔膜はより多くの役割を担う主要な筋と言えますが、同時に「体幹」を構成する筋のうちの1つでもあります。
運動中横隔膜は、動きに伴う腹腔・胸腔の内圧の変化を察知して、呼吸の深さや頻度を調整し、安定したリズミカルで効率的な全身運動が行えるように体幹の剛性を高度に調整しています(2,5,11)。また、横隔膜を含めた体幹筋の適切な活動による腹腔内圧の上昇は、運動中の内臓の過度な動揺を抑制し、運動効率を上昇させる(2)と言われています。

ですから仮に、横隔膜が過度に疲労して機能が低下してしまうと、弊害を受けるのは換気機能(→代謝性反射)だけではなく、「体幹」機能に及ぼす悪影響も大きいと考えられます。逆に言うと、呼吸筋の機能向上は換気に限らず様々な面でパフォーマンスに良い影響を与える可能性が高いと言えるでしょう。
「呼吸筋トレーニング」用デバイス
上で書いたように、呼吸筋の筋力向上はパフォーマンスに大きく影響すると考えられ、スポーツにおいて選択されるべきトレーニングの一つであると言えます。
呼吸筋にアプローチできるトレーニングやエクササイズとして考えられるのは、体幹についての話(「タイカン」と「キョウカク」①)で挙げたような腹式呼吸やドローインエクササイズではないかと思います。(無論、競技練習を繰り返すのが一番手っ取り早いのは確かですが…)
しかし、これらのエクササイズは、「体幹筋」としての横隔膜を鍛えるようなイメージがあり、横隔膜をはじめとする呼吸筋だけにフォーカスしているとは言えなさそうです。
これらのエクササイズでは、呼吸筋である横隔膜にかかる負荷は決して高いものではなく、ウェイトトレーニングで言えば、自重トレーニングのようなものと考えられます。(腹式呼吸やドローインが呼吸筋にとって効果が低いと言っている訳ではなく、これらのエクササイズのように他の「体幹筋」と協働することで、適切な腹腔内圧の変化や胸郭の動きを生み出し、横隔膜のより機能的な活動が教育できる(2)エクササイズとなり得る。)
対して、レジスタンストレーニングのように、呼吸筋に高い負荷をかけたいときに使用されるのが、「POWER breathe(POWERbreathe International Ltd.)」などの呼吸筋トレーニング用の機器です。これらの機器は特に持久系の競技において用いられていることが多いような印象がありますが、最近では、その他の競技において使用した効果などを調べる研究も散見されます。

これら呼吸筋トレーニング用の機器は、先端のマウスピースをくわえながら呼吸を行うことで、吸気及び呼気に抵抗を加えて換気を制限し、間接的に酸素摂取量を制限することを意図しています(強度も調節可能)(5)。こうすることで、呼吸筋の活動水準を上げ、最大筋力(PImax:最大吸気圧, PEmax:最大呼気圧)や筋持久力を高め、結果的に呼吸効率の向上や主観的呼吸困難度の緩和などを目的としています(5,6)。
トレーニングの方法としては、スポーツのトレーニング実施中に使用するか、機器のみを静的に使用するかのいずれかに分けられます。レビュー(5,6)を参考にすると、いずれの使用法においても一定の効果が得られていると言え、スポーツパフォーマンスやテスト(12分間走、中距離タイムトライアル、繰り返しのスプリントタイム、自転車スプリント、YO-YOテスト、自覚的運動強度など)の成績を改善させることが明らかになっています。またこれらは換気機能が重視されるような持久系種目に限らず、スプリント系種目や球技系種目のテストパフォーマンスも向上させる結果となっています。
このように、呼吸筋のトレーニングは様々なスポーツ競技者にとって有益だと考えられています。スポーツ実施における呼吸の働きとして第一に、運動のエネルギーを確保するために大気中から空気を肺に取り込み、ガス交換を行うこと(5)が挙げられます。スポーツに限らず生命維持に不可欠なこの働きは、運動の基礎とも言えるものであり、呼吸筋の機能向上は様々なスポーツのポテンシャルを高めることができると考えられます。
実際の運用としては、長距離走などであれば、競技動作中に使用することが比較的容易だと考えられるため、同時使用が有効かもしれません。一方、呼吸筋のパワーや筋力の向上が必要とされる競技においては、道具を扱うものや、接触がある競技も多いと考えられるため、競技動作中に使用するというのは困難であると考えられます。ですので、同時に使用するというよりも、クイックリフト系のトレーニングやフィールドトレーニング中に使用し、類似した筋発揮や動作の中で呼吸に負荷をかける方法を選択する方が良いかもしれません。

レビューの著者(5)は、デバイスを単独で静的に使用する際には、競技の呼吸特性に合わせた呼吸法で行うことが望ましいと述べており、デバイスの強度や呼吸の長さ・速さ・深さを調整することにより、競技に必要な呼吸筋の特性をトレーニングすることができると考えられています。
競技の特異性を考えれば、すべての競技練習でこのデバイスを使用しながら行うことが望ましいのかもしれませんが、現実的には難しいところであります。実際、デバイスを使用した呼吸筋トレーニングを単独で行うのか、競技動作と合わせて同時に行うのか、どちらがより効果が大きいのかについては、今後更なる検討の必要がある(5)と述べられており、一概に競技動作中にデバイスを使用する方が良いとは言えません。
デバイスの代用…
呼吸筋のトレーニングは、スポーツにおけるパフォーマンス向上の為に、是非ともプログラムに組み込みたいものの1つであると思えるもので、専用デバイスは、それを容易に行えるものとして非常に魅力的な道具です。これまでに使用法などについても様々考えてきましたが、そもそも現場での適応を考えると、コストの面からみても簡単に取り入れることは難しいのではないかとも思います。
デバイスを使用したときと同様な効果が得られるような、良い代用法はないのでしょうか…。
デバイスによるトレーニングにおいては、強度(%PImaxが用いられる)の設定をする必要がありますが、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患に対して使用する際は30~60%で行うことで改善が見られる(3)と報告されています。一方、パフォーマンス向上のためには30~40%の強度では不十分であり、高強度(85%以上)で行う必要があるという見解もあるようです(5)。

さて…専用のデバイスを使用する以外に呼吸筋のトレーニングになるものと言えば、運動時のマスクやノーズクリップの着用、高所トレーニング(5)などがありますが、より簡易的で現場への適応を考えると、やはり思いつくのは前に挙げた「体幹トレーニング」でしょう。
しかし、呼吸筋に対する強度だけで見れば(単純に運動がきついか、きつくないかではなく)、体幹トレーニングでは強度が不十分である可能性があり、専用デバイスを用いたときのような、換気機能が改善することによるパフォーマンスの向上は見込めないかもしれません。

前の繰り返しになってしまいますが、専用デバイスを用いた呼吸筋トレーニングでは、換気そのものに負荷をかけることができ、呼吸筋のレジスタンストレーニングであると言えますが、腹式呼吸やドローインのような体幹トレーニングにおいての呼吸筋に対する負荷は、決して高くはなく、それは呼吸筋の自重トレーニングのようなものです。
ですから、デバイスの代用という点では、取って代わるものとはなれないかもしれませんが、「体幹」の中に呼吸筋が含まれていることは確かですから、体幹トレーニングの中で適切な呼吸を意識することで、横隔膜を含めた体幹筋の活動をより活性化させ(→腹腔内圧の最適化、胸郭の拡張)、結果的に呼吸筋の働きを促通するということも、十分考えられるのではないかと思います。

実際に研究レベルでは、体幹筋(CM)と呼吸筋(IM)は相互に補完あるいは相乗効果を生み出している(Dual role)、という見解が得られており、中でも適切な強度の呼吸筋トレーニングは体幹機能を改善させる(11,12)ことが明らかになっています。
また、体幹筋と呼吸筋の相互関係の中で、特にマイナスの影響については相関が認められると言われています。高強度のランニング中には、身体の過度な動揺を防ぎフォームを安定化するために、体幹筋が大きく貢献しています(11,12)が、これはランニング効率にも強く影響しており、体幹機能の低下はパフォーマンスの低下に繋がると考えられます。そして、この体幹筋の疲労は体幹安定化機能への呼吸筋の動員を生じさせ、高強度運動による呼吸筋の活動亢進をさらに助長してしまいます。
このことを考えると、体幹トレーニングによって体幹筋の筋持久力を向上させることで、運動中の体幹筋の疲労を遅延させ、結果的に呼吸筋による体幹安定化への代償を抑えることで、呼吸筋のエネルギー消費を削減することが可能になります(運動誘発性呼吸筋疲労を抑える)。
これは、体幹トレーニングの直接的な呼吸筋機能改善の効果とは言えませんが、間接的に呼吸筋が体幹トレーニングによって得られる利益を受け、パフォーマンスを向上させる可能性があると考えられます。
まとめ
「体幹トレーニング」や「胸郭モビリティートレーニング」などと言ったエクササイズが、スポーツ現場において盛んに行われるようになっている。今回はその効果と、より効果的な実施方法について検討し、「体幹」と「胸郭可動性」の関わりについて考察した→→→
#「体幹トレーニング」とは
・身体の体幹部における深層筋と言われる「腹横筋(+内腹斜筋)」、「多裂筋」、「横隔膜」、「骨盤底筋群」を狙ったトレーニングである。
・これらの同時収縮を起こすことで腹腔内圧を上昇させ、体幹部の安定性を生み出し、また脊柱(腰椎)の過度な動揺を防ぎ怪我の予防が期待できる。
・これら「体幹筋」は、運動時四肢が動くよりも先に予測的な収縮を起こし、体幹部を安定させることで運動をスムーズにしている。また、ランニングをはじめとするダイナミックな運動の際には、そのフォームや力の伝達を維持・向上させるために重要な役割を担っている。
#「胸郭モビリティートレーニング」とは
・胸郭の器質的な可動性だけでなく、「胸郭から上肢帯の動きに関わる筋」の機能的な可動性を向上させるためのトレーニングである。
・器質的、機能的な「胸郭の可動性」は、上肢帯のダイナミックな動きにおいて不可欠である。また、胸椎を含む胸郭から上肢帯の回旋可動域を確保することで、腰椎による体幹回旋の代償を防ぎ、スポーツ活動中の脊柱に関わる怪我の予防が期待できる。
#「体幹トレーニング」、「胸郭モビリティートレーニング」と「呼吸」
・「体幹」と「胸郭可動性」共に、その機能を最大限に高めるには「横隔膜」の働きが不可欠であり、その横隔膜を機能させるのが「呼吸」である。
・すなわち、「体幹トレーニング」と「胸郭モビリティートレーニング」を行う際は、必ず正しい呼吸をしながら実施する必要がある。
・これらのトレーニングにおいて呼吸を意識して行うことで、呼吸筋の強化とまではいかないが、適切な呼吸筋の働きを教育できる可能性がある。
#「体幹」機能と「呼吸」機能
・呼吸筋は、高強度運動中に「体幹筋」と協働して体幹を安定させるための働きを持つ(Dual role)。
・高強度の運動による呼吸筋の疲労は、「横隔膜」の機能低下を引き起こし、これは運動中の「体幹」の機能低下につながる。
・逆に、高強度運動中の体幹筋の疲労は、呼吸筋の疲労につながると考えられている。つまり、「横隔膜」を介した「体幹筋」と「呼吸筋」の強化がパフォーマンスの向上に重要だと考えられる。
#「胸郭可動性」と「呼吸」機能
・呼吸の際に胸郭の拡張を主導する「横隔膜」の機能が低下することで、器質的な「胸郭可動性」にも悪影響を及ぼすと考えられる。つまり、呼吸機能の低下は、「胸郭可動性」の低下につながる可能性がある。
・機能的な「胸郭可動性」に関わる筋の多くが、呼吸補助筋としての役割も担っているため、「胸郭可動性」の向上は、呼吸機能の向上にもつながる可能性がある(Dual role)。
・「横隔膜」と、機能的な「胸郭可動性」に関わる筋は、横隔神経を介して神経支配を共有している可能性があり、互いの機能向上は相乗効果を生む可能性があると考えられている(機能低下も同様に)。
#「横隔膜」のDual role
・「横隔膜」の機能は、「体幹」からも、「胸郭可動性」からも、「呼吸」からも見ることができ、それぞれの機能向上は、「横隔膜」を介してあらゆる側面で相乗効果を生み出していると考えられる。
→→→「体幹」機能と「胸郭可動性」は、スポーツ活動には不可欠な要素である。また双方の機能向上のためには、「呼吸」の主動作筋である「横隔膜」の機能向上が不可欠であり、これらのトレーニングにおいては「呼吸」を意識して行うことで、より効果を高められる可能性がある。
今回3回にわたって書いてきた「体幹」と「胸郭」については、「呼吸」の主動作筋である「横隔膜」が橋渡しとなり、これらの間に密接な関係が覗えました。しかし実際のところ、「体幹の安定性」、「胸郭の可動性」、「呼吸機能」、そしてそれらと「パフォーマンス」との関わりについては、信頼性のある研究が多くなされているわけではありません。
トレーニング科学に関する研究においては、よっぽど確立されたデザインでなければ、突っ込みどころは多く出てきてしまいます…。介入に用いるエクササイズのフォーム1つ取っても、被検者ごとに本当に統一されていたのか、またそもそもパフォーマンスの指標とされる「特異的なテスト(フィールドテスト)の改善」を「パフォーマンスが向上した」と捉えてしまって良いのか、などは度々議論されるところでもあります。
そんなことわかっちゃいるけど…、と言うのが現場の考えでもあり、何をもって「パフォーマンスの向上」とするのかというのは、現実問題定量化しにくいところです。フィールドテストとスポーツパフォーマンスについては確かに相関が認められるものも多くありますが、それが「全て」に当てはまるとも限りません。その競技におけるある特定の動きに課題があったとすれば、その動きが改善されればそれは「パフォーマンスの向上」に繋がったと言えるし、どの競技においても、「スタッツに表れない活躍」も必ずある訳で、「テストの改善」ひいては「スタッツの向上」だけが「パフォーマンスの向上」と言える訳ではありません。
「Evidence Based(根拠に基づく)」が良い、なんてことは言われなくてもわかります。しかし、「現場にいるから感じる可能性」や「現場にいるから感じる課題」も確実にある訳で、粗悪なデザインや学士レベルの論文の中にも、「それ」が如実に感じられることがありますし、今自分が現場で感じているようなことが、その研究の背景にも確かに見えることもあり、「だからこのテーマでやってみたのね、このデザインにしたかったのね」と想像できるものは、デザインや結果がどうあれ、自分にとっては良い論文だと思っています。自分が現場でぶち当たった壁や疑問、こじ付けたくなる効果についても、同じような考えを持ってそれを実際に労力を割いて研究しようとしている人がいる、ということに尊敬と感動の念が湧きます。
仮に、自分が今まで現場で処方していたものが、「効果がない」と根拠付いて発表されたとしても、その日から見境なくやめるということはしません。現場の目で見て良いと感じるもの、実際選手が良いと感じるものであれば、±0であってもどんどん実施して良いと思います(「マイナスの効果」や「それ以上の効果がある代替案」があれば別です)。そんな中で、自分の中で「良いかもしれない」と思って理論を組み立てて考えついたものについて、実際に「根拠に基づく」形で発表されたときには、より自信を持って指導に当たることができます。
「現場の考え」だけに固執すると、「根拠に基づいた」指導が疎かにされてしまいます(実際に「経験則」だけでモノを言うトレーナーもいる。)。しかし、「本当は何が一番良いのか」ということを理解しながら(または探し求めながら)、今ある環境や適応を考えた上での「現場での最善案(ある種の妥協案)」を指導していくことが大切だとも思います。
先ほども述べたように、「研究の現場」と「スポーツ現場」の乖離というのは、残念ながら確実に存在する訳で、研究によって明らかにされたことをスポーツ現場に適応すること自体「こじ付け」にあたるのかもしれません。そう考えると、私自身がこのブログに書いているように、「いかにスマートにこじ付けられるか」、「いくつ架け橋を見つけられるか」ということが、今の環境でできる、「根拠に基づく」指導に近いものとして、重要なことなのではないかと思っています。
このような考えは、「王道」か「邪道」かで言えば、「邪道」だと思います。実際こう書くと、情報量や経験が不足している自分自身を正当化しているだけにしか見えないかもしれませんし、将来、自分が研究の場に立つときが来たら、今と同じ考えを持ち続けているとは到底思いません。
だからこそ、「本当は何が一番良いのか」ということから目を逸らさずに追求し続け、その上で今の自分ができ得ること、今の環境で可能なことを選択しながらやっていくことが大事なのかと思います。今は、「王道を知って、邪道に手を出す」ことがベターなのかもしれないと、常々思っているところです。
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