動かない+動かさない

こんにちは。トレーナーの猿渡です。

今月の臨スポのテーマはスポーツ頭部外傷についてでしたね。やはり頭部外傷や緊急時の現場対応については今も我々の中ではトピックとして扱われるものであり、諸団体も今回の臨スポについていくつか取り上げているようです。

頭部外傷の発生にどう対応し、診断し、治療を進めていくかは、大きな柱となる部分であり、専門家が繰り返し鍛錬し、考えていくべき問題です。と同時に、私自身バスケ界に入って一番感じることは、脳震盪の教育(Knowledge translation)の大切さでもあります。

今回はこの点について書いていきたいと思います。

ベルリン声明

2016年にベルリンで開催された第5回国際スポーツ脳震盪会議において、スポーツ脳震盪グループ(Concussion in Sports Group:CISG)によってなされた同意声明(1)は、ベルリン声明と呼ばれています。このCISGによって出される同意声明は、これまで2002, 2005, 2009, 2012年に公表されており(それぞれ前年付で開催)、スポーツに関連した脳震盪(Sport-related concussion:SRC)に対する評価や管理について、競技レベルに関係なく、選手のケアに携わる医師や医療従事者に向けて作成・共有されています(2)。

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(1)

私もこの声明が出されてすぐ、原文(1)ベースで読み合わせをする講習会に参加させていただき内容を把握しましたが、原文が公表されてから2年程経った今になって学会誌に載ってくるように(違う学会誌ではもっと早く触れられてたのかもしれませんが)、やはり海外の文献が正式に日本語に翻訳されるのには、相当な時間がかかるのだと感じました。同時に公表されたSCAT5はまだ英語版しかありませんし…

それはさておき、今回は、これまで公表されてきた同意声明の中でも、繰り返し謳われている「脳震盪の教育(Knowledge translation)」について注目していきます。ここでの教育というのは、選手はもちろんのこと、コーチングスタッフや保護者といった、選手に広く関わる人々が対象となっています。こうした人々への脳震盪に関する適切な教育は、緊急時の対応、ひいては受傷後の容態にも大きく影響を及ぼすと考えられます。

動かしたいコーチ、助けたいチームメイト

チームでは頭部外傷や脳震盪についての教育機会として、毎年シーズン前に脳震盪に関する講座を行っています。これから紹介する動画は、これまでの講習でも何度も引き合いに出してきたNBAで起こった一幕になります。

まずはこの動画。脳震盪を受傷するのは緑のユニフォーム11番の選手(Glen Davis)です。

(→動画1:2010年)

シュートにいった相手の肘が頬・顎に直撃し、臀部から着地する形で転倒しています。Davisは仰向けで一瞬動けなくなり、その後何とか立ち上がりプレーに戻ろうとしますが、脚には力が入っておらず、走り出すものの方向さえ定まっていません。結局コントロールできなくなったDavisを見て、レフェリーが試合を中断、Davisはレフェリーとチームメイトに支えられ再度床に座り込みます。

この映像、私的には受傷シーンから結構インパクトがあり、衝撃的です。まず直接的な頭部への打撃はもちろんのこと、その後の臀部からの着地もゾッとしますね。おそらく着地の際にも脊柱への衝撃・振動によって頭頚部にも衝撃が伝達されているように思えます。

しかし、なんと言ってもこの映像を見て議論しなければならないのは、Davisが立ち上がったことです。いや、立ち上がらざるを得なかったこと、でしょうか。ハイライトをよく見ると、当時セルティックス(緑のチーム)のヘッドコーチであったDoc Riversが、Davisに「立ち上がれ!行け!」と言うようなジェスチャーをしているのがわかります。

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進まないコーチングスタッフへの理解…?

欲を言えば、Davis自身も一度床に倒れた時に、倒れたままでいてほしかったですが、そうもいかなかったのでしょう。仮に選手やメディカルスタッフが「これは危険だ」と思っていても、コーチングスタッフがそれを理解してくれない、理解しようとしないという状況は、残念ながら日本においても容易に想像できます…。そんなこともあり、この動画から学べることはたくさんあって、反面教師として活用させてもらっています。

さて次はこの動画、最後まで観てください。受傷したのは黒の25番の選手(Austin Rivers)。

(→動画2:2016年)

ここで大きく問題としたいのは2点あります。まずは、Austin Riversが倒れこんでしまった際のチームメイトの対応。スポーツ界には往々にして、倒れた選手に対してすぐさま駆け寄って起こしてあげる、というようなスポーツマンシップに則った良い文化が存在しますね。この映像でも倒れたRiversに対してチームメイトが駆け寄っています(もちろん良心で)。ですが、Riversは差し出された手にも向かおうとはせず、起き上がる気がない(起き上がれない)ことがわかると思います。そして反応のないRiversに対して、チームメイトは手を掴んで立ち上がらせようとしていますが、脱力し立ち上がることはできません。

Rivers本人は、こうするしかなかったのだと思いますが、動こうとしなかったのは良いことだと思います。対してチームメイトには、「なんかいつもと違うぞ」というのを感じとって、無理に起き上がらせたりはしないで欲しかった。そしてよーく見ると、12番の選手(おそらくバーアムーテ)は「まったく大袈裟に~…」とでも言うように笑っています。そしてそのあと寄ってきたドレッドヘアの選手(間違いなくデアンドレ・ジョーダン)に限っては、ふざけて心臓マッサージをしています(大丈夫か当時のクリッパーズ…)。笑い事じゃないですよね…。

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「何か違う」と思ったら、無理に動かさない。

この、「何かいつもと違う」というのは、頭部外傷・脳震盪を負った選手自身や周りの選手やスタッフが、いち早く感じ取らなくてはいけないことです。少しでも「まずいな」「いつもと違うな」と思ったら、まずは無理に動こうとせず、そして、そんな選手を動かそうとしないということが大切です。

これよりも注目すべき問題がもう一つ。それは動画の受傷シーン後、ベンチに下がったはずのRiversが、すぐに試合に戻ってきていること。そして最悪の事態とも言えよう、プレーの途中で何回かふらつき、その場に立っていられなくなってしまいます。

受傷したのは3Qの残り約4分程の場面。そして動画では4Q初めにはコートに立っています。その間にどの程度時間が経過していたのかは正確には見て取れませんが、コートに戻してしまったことはNGとするべき判断だと思います。試合が止まらずに続行するしかない状況だったのなら仕方ないのかもしれませんが、受傷を確認し、一旦ベンチに下げたのにも関わらず、この判断をしてしまったというのは考え物です。

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プレーに戻るが何度かふらつくRivers

しかも、Austin Riversは確かこれが初回受傷ではありません。私が記憶する限りでも2~3回は脳震盪によって欠場を余儀なくされています(NBAで脳震盪と言えばRiversかKevin Loveですね…)。これが本当だとすれば、もっと慎重に対応してもいいはず、と思ってしまいますね。

後出しジャンケンのようになってしまいますが、クリッパーズ(黒ユニフォームのチーム)の選手の対応や、受傷後の首脳陣の判断を見る限り、チームでの教育がしっかりとなされていたのかと言えば、正直疑問符がついてしまします。しかも動画1は2010年のものですが、この動画は2016年末のものです。全米でも広く放送されるNBAですから、時期を考えても大きな問題になっていたとしてもおかしくありません。

何より皮肉なことに、このAustin Riversは動画1で選手を立ち上がらせていたDoc Riversの息子です…。しかも2013年からDoc Riversはクリッパーズのヘッドコーチになっています。もしかするとこの判断は…(これ以上の詮索はやめておきましょう…)。

レフェリー次第

先ほど挙げたNBAでの一幕は、どちらもレフェリーが異常を確認→試合を中断(ホイッスルを吹く)→すぐにメディカルスタッフが駆け付ける、という流れで対応されています。他のコリジョンスポーツであれば、試合が流れている間でもメディカルスタッフがコート内の選手に接近することができる競技もありますが(ラグビーはその代表例)、バスケの場合ルール的にそうはいきません。ですから、バスケのような競技においては、レフェリーが異常を確認し、試合を一時中断するという判断が非常に重要になってくると思います。

脳震盪会議における同意声明(1)でも、「受傷した選手をコート外に移す(Remove)」という項の中に、「試合の流れに影響を及ぼしたり、受傷した選手やチームに不当な罰則を与えることなく、フィールド外での適切な医学的評価をするためのルール変更が必要な競技もあるだろう」という文章が加えられています。

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試合の流れを止めることなく、受傷した選手を評価・処置をすることができないバスケにおいては、まずは試合を止めることが第1アクションとなり、試合が一時中断することで初めて上記のような処置を行うことができます。それができるのは言わずもがなレフェリーのみです。

確かに、試合を中断しゲームの流れを断ち切ってしまうことは、ゲーム展開としても興行としてもマイナスが多いということは理解できます。しかしながら、怪我の度に、選手が倒れる度に試合を中断してくれ、と言っているのではありません。「いつもと違う」とか「まずい倒れ方だ」とか「危ないところに当たったな」とか、試合中の受傷シーンを一番近くで見ているのはレフェリーですから、まずは何が危なくて、どんな風になったらまずいのかというのを、最低限理解しておいてほしいのです(もちろんこの判断だけでも言うほど簡単ではないですが)。

そのためにも、脳震盪をはじめとする頭頚部外傷に関する教育は、レフェリーにこそ行われるべきだと思います。実際に我々がいるカテゴリーにおいては、実際に選手が倒れ、レフェリーによって試合が止まったとしても、レフェリーが合図を出すまではスタッフがコートに入ることができません(そもそもルールブックに怪我発生時の対応についての明記がない)。ベンチから見て異常だとわかっていても、仮にレフェリーが合図を出さずにその選手が立ち上がるのを待っていたとしたら、何もできない空白の時間が生まれてしまうのです。これだと、一刻も争う非常事態だとしても、上記のようにコート外に移すどころか、コートにいる選手にすら近づけない状況が発生してしまいます。

「何か違う」という認識がレフェリーにあったとしたら、ホイッスルを吹き試合を中断させたら、すぐさまメディカルスタッフを呼ぶ、というのが現状一番の理想です。

緊急事態を頭の片隅に入れておく

日本においては、代表的なコリジョンスポーツ(ラグビー、アメフト、アイスホッケーなど)以外でも、頭頚部外傷にもっと敏感になりましょう、と謳われ始めたのはまだ最近のことのように思えます。

選手やその保護者に向けた啓蒙のために、様々な資料を提供している団体も増えていますので(3)、それらをうまく利用して、認識の輪を広めていくことも有効な手だと思います。様々な方法で、我々草の根レベルの専門スタッフが、小さいところからコツコツと認識を広めていくことは非常に大事なことです。

今いるチームでは、冒頭に挙げたように、シーズン前にこうした講習や、整形外科的なメディカルチェックにベースラインテストを盛り込んで実施しています。選手やコーチによって反応は様々ですが、少しでも頭に残っていてくれれば、何かあったときにそれが救いの目になると期待しています。

もしもコート上で深刻な怪我が起こったとき、受傷した選手自身や、コートの中にいる選手がそういう目を持っていれば、レフェリーに対して「これはまずいですよ」と呟いてくれるかもしれない。その一声でレフェリーの対応が少しでも早くなり、その後の対処も素早く行えるかもしれない。

詳しい外科的な知識をチーム関係者に埋め込むことが、教育の目的ではありません。繰り返しているように、「何かおかしい」とか「いつもと違う」ということに気付けるように、選手を取り囲む全員が緊急事態に少しでも敏感になることが大事です。

バスケに限らず、どの競技、どの年代でも深刻な怪我が起こるリスクはゼロではありません。そんな大きな怪我に「ビクビクしながら」ということではなく、ほんの頭の片隅でもいいから、そのことを忘れないでいることが大切だと思います。まずは、専門スタッフである自分が真っ先に動くことは大前提として、そこからチーム全体を巻き込んで緊急時に適切に対応できるように、コツコツとやり続けたいと思っています。


1)  McCrory P, Meeuwisse W, et al:Consensus statement on concussion in sport-the 5th international conference on concussion in sport held in Berlin, October 2016. British Journal of Sports Medicine, 2017;0:1-10

2) 臨床スポーツ医学「スポーツ頭部外傷の診断と治療」, 2019;Vol.36:No.3(2019-3)

3) 頭部外傷10か条の提言 第2版. 日本臨床スポーツ医学会 学術委員会 脳神経外科部会, 2015

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