「哲学っぽさ」を求めて①

Facebookやブログに自分の考えを書いていくようになって、その投稿を見た人から、ちらほらと「哲学っぽい」と言われるようになりました(「哲学ぶっている」という嫌味も含まれていたかもしれません…)。

“哲学”を知った上で、哲学と言おう。

それもあって、ブログを始めた当初は、つらつらと思っていることを書く回には、カテゴリーを「フィロソフィー(哲学)」として格好つけていたのですが、あるとき、「哲学」という学問がどういうものなのか、しっかりと知らないのに、自分のブログを「哲学」とカテゴリー分けしてしまっていることはおかしなことだと思い、そのときから、このような回には「等身大の考え」としてカテゴリーの名前を変えて更新していました。

そんなこんなで、最近またある人から「哲学みたいなことを書くね」と言われたのをきっかけに、「もう哲学を避けては通れない」と強烈に考えるようになり、何かしらの哲学書を手に取るしかない、そう決心したところでした。

自分の為、自分の考えを整理するために書いているこのブログが、何故に「哲学」っぽいのか。自分の中の何が「哲学」っぽさを作り出しているのか。探ってみようじゃないかと。

眠っていた『哲学本』

しかし今回これを考えるにあたって、新たに哲学書たるものを買う必要はありませんでした。これから書いていくことは、「まさに哲学書」というような本から得たことではなく、何年か前に自分で買っていた、『嫌われる勇気』という本のこと。『嫌われる勇気』といえば、2013年に発売されてベストセラーとなり、ドラマ化まで実現するほど人気を博した「哲学本」のひとつです。

何かしらの哲学の本を探そうと書店に行き、この本を目にするまでは、自分がこれを持っていたことさえ忘れてしまっていたのですが、確か私は大学3年の時、この本のキャッチーなタイトルだけに惹かれて買ってはみたものの、結局当時の自分には響かなかったのか、読まずにそのまましまってある始末でした。

なぜあのタイミングで『嫌われる勇気』に手を伸ばしたのかと言うと、それは間違いなくラクロス部の影響でした。ラクロス部に入って、「これって正しいの?」「このままでいいの?」「なぜ?」「なぜ?」と四六時中考えるようになり、いずれ集団に異を唱えるようになって、それによって「嫌われる怖さ」と向き合う必要にも気づかされて。そんな自分の心の支えを探していたのか、文字通り「嫌われる勇気」が欲しかった当時の自分が自然と手を伸ばしたのだと思います。

しかし、専ら専門書以外はほとんど本も読まない自分にとっては、ただただ「特効薬」となるような本を探していたに違いなく、若干学術的でもある序章の辺りで心を折られ、本の内容に辿り着けるまでもなく、ただ「嫌われる勇気」という言葉だけに支えられるという結果になっていたことを思い出しました…。

結局今日に至るまで、「哲学」という分野に触れることはあっても、深く考えることもなく、自分の中で葛藤を続けて、今の「自分の考え」「等身大の考え」を作り出してきました(もちろん環境や周りの人々に影響を受けながら)。

そして今回、「哲学ってなんだ」という命題を持って『嫌われる勇気』を再度手にしたことで、この本のタイトルだけに惹かれていた自分を悔やみました。この本に書かれていることは決して「嫌われる勇気」がどう、とかいうことじゃなく、正に自分のなかに積み上げてきた「プロフェッショナル哲学」であり「スポーツ哲学」であり、自分の中の「哲学」であったのです。

私がこれまでに書いてきたことの根元的な考え方と驚くほどリンクしており、読み進めると何度も胸が熱くなり、沸々といろんな思いが込み上げてきました。

自分でも「絶対に前に読んだことがある」、と思わざるを得ないほど(本当に読んだことはなかった。というか、もはやそんなことはどうでもいいのですが。)、痒いところに手が届く感覚がありました。今、このタイミングで読んでよかった、心からそう思っています。

『嫌われる勇気』という本

誰もが一度は聞いたことあるであろう、フロイトユングに並ぶ心理学者である、アルフレッド・アドラーの教えを、「悩み多き青年」が「哲学者(哲人)」のもとを訪れ、対話の中でその教えを説いていく、という設定で、哲学者の岸見一郎先生(原案)とライターの古賀史建氏が描いていく『嫌われる勇気』。

岸見先生曰く、「アドラー心理学」と呼ばれるアドラーの思想は、プラトンやアリストテレスといったギリシャ哲学の先人たちに並び、単なる心理学に留まらない「もうひとつの哲学」でもあると言います。

今回は、そんな「哲学書」とも言えるであろう本書から、本書のテーマにそぐわないとしても、わたしの主観から胸にグッと刺さった言葉を存分に引用させていただき、そこから考えることをつらつらと書いていきたいと思います。

何年か前に私が惹かれた、「嫌われる勇気」というワードには一切触れることなく、今の自分が避けて通れなくなった「哲学」っぽさの源を求めて…。


他者から与えられた答えはしょせん対症療法にすぎず、何の価値もありません。(p40

大切なのはなにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである。(p44

問題は「なにがったか」ではなく、「どう解釈したか」である。(p37

①

我々の仕事は「答えを与える」ことではい。

我々のやっている仕事はサービス業ではない

選手から頼まれたことを、ただ「やってあげる」だけでは、それは目に見えるものだけに対処している対症療法に他ならず、根本的解決にはならない。これは我々がやるべきことではないし、我々は選手に「答えを与える」のが仕事じゃない。答えは選手自身で掴んでいくものだ。我々にできるのはその手助けだけである。

一方、我々に「答え」を求める選手も、しょせんそれだけの選手であり、自分に厳しいベクトルを向けられていないだけである。口を開けて何かが与えられるのを待っているだけでは、現状から向上することはできない。

与えられたもの、目に見えたものを、「ただやる」のではなく、そこに自分なりの「意味付け」をして、目的をもって取り組む。仮にその目的が我々が意図したこととは違ったとしても、「ただやる」だけよりは100倍ましである。まずは自分で意味付けをして、全力でやりきる。ダメならまた考えればいい。

人の話を、どう解釈するか。

どの分野であっても、知識や技術のアップデートのためにセミナーに参加することはよくあることである。

セミナーに参加するとき、もちろんキャッチーな表題で惹き付けられることも多々あるが、セミナーの内容をただ鵜呑みにし、その時、そのセミナー会場で、その講師が言ったことが、世の中の常識となり、そのまま自分の知識となったと、これが明日から即実践できるものになったと、錯覚してはいけない

「その日セミナーを受けた」ということは、自分で足を運んだにせよ、しょせん「他者から与えられたもの」に過ぎない。与えられたものは、どんなものであっても、一度は疑い、噛み砕いて、組み立て直し、時間をかけて自分のものにしていく

前にあげたブログ(「UP TO YOU」)の冒頭でも書いたように、自分の得意分野や本当に好きなことを議題にしている人のセミナーを聞くときは(大規模なカンファレンスなどではなく、クローズな勉強会や講習会で多い気がする…)、論じている内容そのものはもちろんだが、その話し方や、溢れんばかりの情熱に刺激を受けてしまうことの方が多く、細かい言葉選びからも、「その人が大切にしていること」がはっきりと見とれることがあり、これこそが私が求めていることなのかもしれない、と思ってしまう。

私は、人の話を聞くとき、この感覚、この目を大切にしている。どんな分野にせよ、その道を貫き、自分のなかに「自分」をしっかりと持っている人の話は、自分の胸に刺さり、反射して、また「自分」を大きくしてくれる。その人の意見が自分と合っているとか合っていないとかは関係ない。もしかしたら全く知らない分野を突き詰めている人のセミナーとかに参加しても、面白味をしっかりと感じられるかもしれない。大事なのは目に見えているものではなく、「どう解釈するか」である。


やらないことによって「やればできる」という可能性を残しておきたいのです。~時間さえあればできる、環境さえ整えばできる、自分にはその才能があるのだ、という可能性のなかに生きていたいのです。(p55

「わたし」と権威を結びつけることによって、あたかも「わたし」が優れているかのように見せかけている。~権威の力を借りて自らを大きく見せている人は、結局他者の価値観に生き、他者の人生を生きている。(p87

「悪いのはわたしではなく、過去であり環境なのだと。ここで持ち出される過去は、まさしく免罪符であり、人生の嘘に他なりません。(p272)」

「変えられるもの」と「変えられないもの」を見極めるのです。われわれは「なにが与えられているか」について、変えることはできません。しかし、「与えられたものをどう使うか」については、自分の力によって変えていくことができます。だったら、「変えられないもの」に注目するのではなく、「変えられるもの」に注目するしかないでしょう。(p228

『神よ、願わくばわたしに、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵をさずけたまえ』(p229

自分から目をそらし、周りにだけ変化を求め続ける人間は、環境や過去を言い訳にする。

「環境が整っていれば、もっと良い結果・成績が残せる。」

「環境が整っていないのだから、失敗しても私の責任ではない。」

「能力のある選手が揃っていないから、上手くコーチングできるはずがない。」

「上のカテゴリーのチームがどんなトレーニングをしているのか、実際に見たことがあるのか?聞きに行ってこい。」

「NBAではこんなことやっていない。だからこんなことやる必要はない。」

…二度と聞きたくない台詞である。

正に、経験則を振りかざす指導者について書いた回(NO MORE 経験則)とリンクする。「強いところがやっていることは正しい。」「弱いところがやっていることは間違っている。」こういう、見かけでしか判断できない、一生かかっても真意に辿り着けない可哀想な人間である。

きっと、こういうマインドでしかモノを見れない人間は、これまで周りに価値を高めてもらっていたに過ぎないのだろう。環境が整っていたから、優秀な人々に囲まれていたから、自分自身が「今」に意味付けをする必要もなかったのであろう。現状を疑い、試行錯誤する必要もなく、ただ周りの人々が変化していくのに乗っかっていただけなのであろう。そして気付いたときには、自分への厳しいベクトルはとうに無くなり、ただ周りに変化を求めるか、自分の「見かけだけの経験」を押し付けることしかできなくなっているのだ。

後ろを振り向いてみろ。そんな人間に誰がついていこうなんて思うか。

他者によって作られた、「見せかけの価値」

「優秀なあの人と知り合い」

「有名なあの人に教わっていた」

「難関のあの資格を持っている」

「過去に強いチームでやっていた」

…実際には何の意味も持たないのかもしれない。

じゃあ、「あなた」はそこで何をしたの?自分の中で目の前のことに意味付けし、何かに向かって懸命に取り組んだの?「あなた」自身が「あなた」の力で成し遂げたことは何なの?

ただ、「そこにいただけ」、「持っているだけ」の経験など、もはや自分のものではない。周りの権威(繋がり、資格、経験、経歴、過去の栄光…)と繋がることでしか、自分の存在を見出だすことができない人間は、本当の意味で自分を高めることなどできない

プロであれば、「だれかといたあなた」や「あそこでやっていたあなた」を売り出す必要なんてない。ただ、「今のあなた」を押し出せば良いのだ。常に自分へのベクトルを向け続け、向上し続けるプロとしての「わたし」を。

与えられた環境で、最高のパフォーマンスをするのがプロとしての仕事。

これは、何回も、何回も言っていることである。

故に、『神よ、願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ』という引用文は特に心に響いた。

もちろん神に願うとかはもっての他であるが、変えることのできない物事を受け入れ、それでいて現状で留まろうとせず、「それじゃあ、何とかしてBetterにしてやろう」と、変えることのできる物事を見つける目を持ち、それを実行する勇気を持つことは、難しくも、とても大切なことであると、再確認した。

与えられたものをどう使うか、与えられた環境で何ができるか、考え続け、変えていけるのは自分自身である。これこそ、プロとしての心構えであると信じている。


チョークで引かれた実線を拡大鏡で覗いてみると、線だと思っていたものが連続する小さな点であることがわかります。線のように映る生は点の連続であり、すなわち人生とは、連続する刹那なのです。p264

直線のように見える過去の生は、あなたが「変えない」という不断の決心を繰り返してきた結果、直線に映っているにすぎません。(p272

「変えられないもの」を引きずることで自ら描いた実線か、目の前の「変えられるもの」と向き合い続けてできた、チョークで引かれた線か。

経歴や経験に固執したり、変えられない過去を言い訳にして、今と向き合わずにここまで来たような人間は、後ろを振り返ってみれば、そこにはしっかりとした実線として、「過去」が描かれてしまっている。

経験や過去に固執することで「今」と向き合う必要がなくなる、ある意味では楽な生き方なのかもしれないが、それと引き換えに、一生、過去や環境を言い訳にし続ける、「どうやっても変えられないもの」を自分の目の前にこしらえ続ける呪縛に、一生苦しみ続けるのだろう。周りから見たこういう人間の人生は、はっきりとした実線で映るに違いない。

一方で、実線のように見えるけど、よく見ると点の連続であるような、チョークで引かれた線のような人生、これはどういうことなのか。

例えば、私がこれまで話を聞いていて、その人の熱量や「芯」がしっかりと伝わってくるような、人の心に何かを残すことのできるような人々、そんな人が、仮に、超一流大学を出て、超一流企業に入って、超一流会社を立ち上げていたとする。周りの人々は、多かれ少なかれ「今こんなにすごいのは、超一流の大学出てるからだ」とか、「超一流企業にいた人はやっぱり違うな」と思うことがあるかもしれない。

しかしはたして、本人は、キャリアの転換期などで、「超一流大学にいた自分」や「超一流企業で働いた自分」を全面に推してきたのだろうか。もちろん、「超一流○○」にいたことは、世間的には凄いことであるし、ある程度の担保にもなる。しかし本当に評価されるべきは、そこに至るため目標を達成するために、瞬間、瞬間を必死に生きてきたことであり、その正しいプロセスを実行し、継続してきた結果として今のキャリアがあるだけである。

その瞬間、点で、自分に今できること(変えられるのも)を見極め、それにアクションを起こす。このプロセスを高頻度で繰り返してきたことによって、感覚の狭い点が並ぶ線が描かれる訳だ。一見、実線に見える線も、その瞬間を必死に生きてきた証としての点が連なっているだけなのである。

無論、こういう人間は、過去や経験を引きずったりしない。ただ、「今」と向き合い生きているだけだ。意図せず『チョークで引かれた線』のような人生を歩む人こそ、人々が尊敬してやまない人なのだと思う。


不幸であることによって「特別」であろうとし、不幸であるという一点において、人の上に立とうとします。~自分の不幸を武器に、相手を支配しようとする。自分がいかに不幸で、いかに苦しんでいるかを訴えることによって、周囲の人々を心配させ、その言動を束縛し、支配しようとする。~自らの不幸を「特別」であるための武器として使っている限り、その人は永遠に不幸を必要とすることになります。(p90)

「変えられるもの」と向き合う勇気が無い人間こそ、「忙しさ」を武器にする。

例えば職場の中で、何をするにも「あぁ大変、大変」「あぁ忙しい、忙しい」と、無駄に「忙しぶる」人がいたとする。そういう人を周囲の人々は、ただの「忙しそうな人」として見ているに過ぎず、それ以上でも以下でもないはずだ。

別に、忙しそうにしているだけで、仕事ができるできないを評価できるわけではないし、「忙しさ」は他人と比較するべきものではない。「忙しそうな人」から「忙しさ」を取り上げてしまったら、その人がその人である意味がなくなってしまうかもしれない。

自分で選んだ忙しさを、あたかも特別のように扱って、周りにアピールする。きっと、何かミスを犯したときには、「忙しさ」が自分を守ってくれて、周りからも「忙しかったもんね」、そう言われることを望んでいるのだろう。

でもこれは、自分で選び、あるいは頼まれて了承した仕事(→忙しさ)、つまりは「変えられないもの」に固執し、「変えていけるかもしれない」「もっと良くしていけるかもしれない」仕事の質ややり方に目を向けられていないに過ぎない。

仕事の内容などは関係なく、どんなに単純なタスクだっていい、今向かい合ってる仕事を、昨日よりも早く、もっと良く出来ないか、常に考えながら取り組んでいれば、「忙しぶる」暇なんてないはずだし、その意識は「その人にしかできない仕事」を作り出していき、「忙しさ」をこしらえずとも、自然と「特別」になっていくはずである。

「自分で選んだ忙しさ」は「忙しい」に値しない。

この文章を読んで、「いる、いる」と他者を想像したのと同時に、自分を省みるきっかけになった。

私が大学4年のとき、まさに私たちは1つの大きな資格試験(アスレティックトレーナーの一次筆記試験)に向け勉強をしている時期であった。部活をやっていた者も大体は引退を迎え、みなが試験だけに集中しているような状況であったが、中には大学外部での現場を見ている者もいて、そういう者は試験前であっても頻度も変わらず現場に出ていた。そして私もその中の一人で、大学の講義が一通り終わり、現場に行き、また夜に大学に戻って試験勉強をする、そんな毎日を繰り返していた。

特にはじめの頃は、試験勉強だけに集中できている者とは勉強の進み具合も遅れていたし、自分の中に焦りがあったことも事実だ。自分の中にある焦りと、勉強がどんどん進んでいる周りへのくだらない嫉妬心のようなものから、講義が終わって大学を出るとき、みんなのもとを去るとき、私は「忙しそう」に振る舞っていた。あたかも、「みんなはいっぱい勉強できて良いよな。」とでも言うように。

そんな時、「忙しそう」にする私に、同じ試験に向けて勉強している友人の一人が言った。

「自分で選んだんだろ。」と。

その瞬間は、どうリアクションしたのかは覚えていないが、「突かれたくないところ」を突かれた感覚が確かにあった。

確かに、そのときの状況は、自分で選択した以外の何物でもなかった

試験に集中したいからと言って、現場を辞めることもできただろうし、辞めずとも頻度を減らしてもらうなどの交渉の余地はあったはずだ。しかし、現場に出るなら「ちゃんとやりたい」という思いで、変わらずに続けると決めた。自分で決めたはずなのに、いつの間にかその「自分で選んだ忙しさ」を、言い訳に使っていたのだ。

もし、友人からあのことを言われずに、私が試験に落ちていたら(二次は一度落ちましたが、勉強が必要だった一次にはしっかり受かりました。)、きっと「忙しさ」を言い訳に、そのときの課題としっかり向き合おうとしなかった自分を守っていただろう。

結局、自分なりのやり方で、しっかりとやり遂げた。このことはちゃんと自分の自信に繋がっている。選択するのは常に自分。後戻りはできなくとも、今何を選択するかによって、一歩先はどうにでも変えていくことができる。「自分で選んだ忙しさ」。この言葉は、今でも自分を監視し、後押しし続けてくれている。


賞罰教育の先に生まれるのは「ほめてくれる人がいなければ、適切な行動をしない」という、誤ったライフスタイルです。ほめてもらいたいという目的が先にあって、ごみを拾う。そしてだれからもほめてもらえなければ、憤慨するか、二度とこんなことはするまいと決心する。(p134

『自分が自分のために自分の人生を生きないのであれば、いったい誰が自分のために生きてくれるのだろうか』~究極的には「わたし」のことを考えて生きている。そう考えてはいけない理由はありません。(p135

「ありがとう」は評価ではなく、もっと純粋な感謝の言葉です。人は感謝の言葉を聞いたとき、自らが他者に貢献できたことを知ります。~他者から「よい」と評価されても、貢献できたとは感じない。(p205)

「わたしが勝ちたい」、そう自分自身に向けた強い思いこそが、一番周りの人々の心を動かす。

先日、私が3年間トレーナーとして働かせていただいていた、高校女子バレーボール部の春高予選の試合を観に行った。その試合は、県内ベスト4を掛けた試合で、その試合を含めてあと2勝すれば、目標である春高の切符を掴める、そういう大事な位置付けの試合であった。

対戦相手は優勝候補の一角で、下馬評では相手の勝ちが優勢だったという。結果は、絵に書いたような手に汗握る接戦で、フルセットの末に勝利をものにした。

勝ちが決まった瞬間、コートにいた選手たち、応援席にいた保護者やOGたち、そのほとんどが感極まって涙を流していた。勝利の瞬間、試合終盤の1プレイ1プレイが、見る人の胸に響いた。私も、あそこまで心から「頑張れ、頑張れ」と思ったのは久々の経験であった。なぜだろう。なぜ、あんなに純粋な気持ちになれたのか。なぜ試合を見ているあれだけの人が涙を流せたのだろうか。

言ってしまえば、必ず終わりが来ると決まっている高校部活動の一コマである。私がいたこの高校のバレー部は、過去には春高バレーの出場経験もある、県内では強豪校のひとつであった。顧問の先生は、云わば「昔ながら」のスタイルが残る、指導にもかなり熱の入る先生であった。

そんな厳しい先生のもと、毎日練習に励み、大きな目標に手が届きかけていたあの試合。もちろん、高校の部活動は無論教育の一部であり、「勝利至上主義」が一概に良しとされる時代でもない。

そんな中で、高い目標を立て、そこに至るまでに試行錯誤を繰り返し、時には厳しい指導を受け、苦難し、自分を見つめ直し、挑戦する、そんな過程こそが、まさに教育的な側面の最たるもので、何かに向かって努力し、自分なりの努力の仕方を学び、そして達成する喜びを経験することに、部活動の醍醐味があると思っている。彼女たちはまさに、そんな醍醐味を謳歌しているように思えた。

あの試合のとき、彼女たちの胸にあったのは、何にも変えられない、純粋な「勝ちたい」という思いだ。そして見ている人たちもみな、同じ気持ちだっただろう。

1プレイ1プレイに込められた思い、今その瞬間に全力を注ぐ選手たちの姿、それを心から全力で応援する人々の姿が、そこにはあった。

そして、私が何よりも忘れられない光景、それは、試合を応援していた保護者やそのた大勢の人が、必死に頑張って勝利を掴み取った彼女たちに、「ありがとう。ありがとう。」と言っていたこと。そして同時に、私も同じ気持ちであることに気が付いた。なぜだかわからないが、そこにあったのは、彼女たちに向けた「ありがとう」という「感謝の気持ち」であった

彼女たちは、プロでもなければ、お金をもらってプレーしているわけでもない。「誰かのために」「誰かを喜ばせるために」バレーに取り組んでいるのではない

ただ、目の前の目標に向かって、日々全力で部活に打ち込んでいる高校生だ。この試合でも、「頑張ったね」と言われたくて、「ありがとう」と言われたくて頑張っていた者はおそらく1人もいなかっただろう。

誰のためでもない、「自分のため」「自分たちのため」に、真っ直ぐ「勝ちたい」と思っていた。それだけだ。この、純粋な「自分のために尽くす」「今を燃やす」ような姿こそが、結果的に、見ている人たちの胸に響き、関わる人々すべての心を動かす「なにか」を与えられるのだと、気付かされた。

この試合の結果で、彼女たちはベスト4に駒を進め、あと1勝で春高、というところまでこじつけた。しかし、その試合では、フルセットの末に惜しくも負けてしまい、目標にはあと一歩届かなかった。

それでも、彼女たちが「今に生きる」姿は、彼女たちが想像できるよりもずっと大きなモノを、周りの人々へ与えた。そこにはもう、感謝の言葉しかない。

「誰かのために」ではく、「自分のために」。

そしてそれは、知らず知らずのうちに、本当の意味で「誰かのために」なる。そういう、根元的な「スポーツの価値」を教えてくれた出来事であった。

②へ続く:「哲学っぽさ」を求めて②


岸見 一郎, 古賀 史健:嫌われる勇気—自己啓発の源流「アドラー」の教え—. ダイヤモンド社, 2013

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