「哲学っぽさ」を求めて③

介入にならない「援助」をする必要があります。~自らの力で課題に立ち向かっていけるように働きかけるのです。~横の関係に基づく援助のことを「勇気づけ」と読んでいます。(p202)

介入が繰り返された結果、子どもはなにも学ばなくなり、人生のタスクに立ち向かう勇気がくじかれることになります。~困難に直面することを教えられなかった子どもたちは、あらゆる困難を避けようとするだろう。(p154

③

「介入」を許容し、困難を避けるようになった選手たち。と、それを許してきた周りの人々。

“名ばかりのプロ選手”。

「好きなこと」の枠の中でしか努力することができない。「好きなこと」、「自分にとって都合の良いこと」の枠を少しでも飛び越えたところにあるタスクには、向き合おうとしない。今目の前にあるタスクが、あくまでも自分で選んだ「好きなこと」の延長であることに気付けない。

本当の努力は、「好きなこと」の枠を越えたところにあることを知らない。その枠の外にある「嫌いなこと」にも手を伸ばし、やりたくないこと、辛いことでも、向き合わなければいけない瞬間があることに気付けない。

本来“プロ”が属する環境は、「好きなこと」だけやっていれば自分が秀でているような環境ではなく、これまでよりも多くの努力、すなわち「嫌いなこと」にも手を伸ばしていかなくてはならないことを知らない。「嫌いなこと」とも向き合うことで、それが次第に「好きなこと」の枠の中に取り込まれていき、努力を努力と思わないようになっていくことを知らない。

そんな、“名ばかりのプロ選手”。

それを許してきてしまった、スポーツを取り囲む環境。

そして何より、環境に甘え、自分にとって都合の良い介入を許してきた選手自身が、たくさん存在している(プロフェッショナルって何だ。)。

自分の好きなことを極めていれば、その他のことはやらなくてもいい。そうやって、自分で選んだ「好きなこと」以外の、数多くの大事な人生のタスクを、避けて通ることを許されてきた選手たちは、そもそもタスクへの向き合い方を知らない。介入が繰り返された子どものように、無意識に困難を避けていくことになる。

それと同時に、楽して通れるような裏道を、存分に提供してきてしまった環境も、確かにあった。しかしそんな環境の中でも、その環境という「介入」を受け入れることをせずに、しっかりと人生のタスクと向き合ってきた選手も一定数存在しているのだ。

“名ばかりのプロ選手”が困難にぶち当たったとき、これまでいた環境を言い訳にするかもしれない。「そんなことやってこなかった」、「そんなことやらなくていいと言われてきた」「自分は好きなことだけやって生きてきた」と。

しかしそれは、過去のその時その時で、本当に必要なことと向き合うことを避け、自分を甘やかす環境に甘え、「好きなこと」の枠を越えたことはしなくてもいい、という言い訳を繰り返してきた結果に他ならない。

もっとミクロな視点で見れば、「やってあげる」精神のトレーナーも、このような“名ばかりのプロ選手”を作ってしまっている要因かもしれない。

「言えば何でもやってくれた」、「あいつだったら俺のためにやってくれた」、「何でやってくれないんだ」、そう言ってくるのは、自分の課題と向き合えていない選手自身の責任であるのはもちろん、その選手と関わってきた人々が、その選手にとって本当に必要なことを見極めず、その場しのぎの甘やかしを繰り返してきた結果なのかもしれない。

私は今、プロスポーツの草の根を見て思う。変えなきゃいけないと。

だからこそ、育成年代への指導も大事にしてきたし、そういう世代のアスリートにこそ、伝えられることがあると、強く思っている。

私は、そんな子たちに「水を呑ませる」ことはできないが、ちゃんと、「水辺まで連れていく」ことができる。大逸れた事かもしれないが、私と関わった子どもたちが、自分と向き合う大切さに気づき、自らの手で、困難に立ち向かっていく“強さ”をこしらえてくれる、そういう目を持てるように、私は“エサ”を、“種”を、まき続けていこうと思っている。


「このままのわたし」であり続けていれば、目の前の出来事にどう対処すればいいか、そしてその結果どんなことが起こるのか、経験から推測できます。~「このままのわたし」でいることのほうが楽であり、安心なのです。~変わることで生まれる「不安」と、変わらないことでつきまとう「不満」(p52

「一歩前に踏み出すことが怖い。また、現実的な努力をしたくない。いま享受している楽しみを犠牲にしてまで、変わりたくない。(p83)」

プロ”が「このままのわたし」でいるということは、どういうことか。

自分がこれまで経験したことや、目の前で起こったことの中だけでしか、その先の事柄に対処することができない。どんなことでも、自分の型にはめて解決しようとする。「このままのわたし」でいること、変わらないことを無意識に決心し、困難に対峙したときには、ひたすらに周りに変化を求める

序盤でもあった、環境を言い訳にするコーチを連想せざるを得ない。しかしこれはまた、(著者はもちろんプロの世界というよりももっと広い視点で描いているが)“プロ”と呼ばれる環境に身を置く選手自身にも当てはまると思う。

これについては、以前に書いたブログ(NO MORE 経験則)の中でも十分に論じてきたが、自分の内側からではなく、本という外界から同じことに目を向けることで、考えが確信に変わる感覚があった。

これまで自分が優れていたことが、「あたりまえ」になり、これまで自分にしかできなかったことが、「誰にでもできる」ことになる。「好きなこと」の枠に収まっていたからこそ続けてこれた努力は、もはや努力とも呼べなくなる。それが、プロの世界である。

その現実に気付き、そこにいる誰もが、「このままじゃいけない」、「もっとやらなきゃいけない」、「もっと学ばなくちゃいけない」、そう思って向上心を持ち続ける。そんな人間が無数にいるからこそ、競技のレベルが少しずつ、少しずつ、上がっていく。これこそ、「誰にもできないことをする」、「自分だけができることを極める」ことを突き詰める、プロの世界である。

残念ながら、こんなものは理想でしかない、そう思われるのが今の日本の現状なのかもしれない。この現実に気付かなくとも、「あれ、今のままじゃいけないな。」と思わなくても、何となくでやっていけちゃう世界が、悔しくもここにはある。それは、わたしがここ数年で学んだことだ。

自分より先をいく周りを見て、何となく、「不安」になる。でも、「好きなこと」の枠を外れた努力はしたくない。そんな中で壁にぶち当たった時には、真っ先に周りのせいにする。環境のせいにする。

「俺はちゃんとやってんのに、あいつらがやんないから。」「できてないのは俺だけじゃない。あいつらもだろ。」とでも言うんだ。

いや、待て。ここにいる誰一人として、「ちゃんとやっている」と胸を張って言えるやつなんていないだろ。そして、そんなことに気付く選手なんて、一人としている訳もない。

そんな状況の中で、取り囲む環境がさらに悪くなったとする。誰かがあきらかなミスをしたとする。その途端に、一斉に指差してそいつを批判するんだ。不合理に積み上げた「不満」を爆発させるかのように。

まずは、自分にベクトルを向けようよ。何よりも先に、無責任なベクトルを周りに向けるのはやめようよ。もっと先を見なきゃいけないのに。もっと上を見なきゃいけないのに。

そんなもどかしさはもう十分すぎるほど抱いてきた。そして何度もそこから目を背けてしまってきた。だからこそ、今ある環境ととことん向き合って、いずれは必ず、自分が一番上までいかなきゃいけない。

本当に正しいことは何なのか。そもそも正解はあるのか。知らなきゃいけない。この目で見なきゃいけない。そして自分自身が、まず、変わらなくちゃいけない。


どれほど困難だと思える関係であっても、向き合うことを回避し、先延ばしにしてはいけません。たとえ最終的にハサミで断ち切ることになっても、まずは向かい合う。いちばんいけないのは、「このまま」の状態で立ち止まることです。(p117

わたしが変わったところで、変わるのは「わたし」だけです。その結果として相手がどうなるかはわからないし、自分の関与できるところではない。~わたしの変化に伴って相手が変わることはあります。多くの場合、変わらざるを得ないでしょう。でも、それが目的ではないし、変わらない可能性だってある。(p168

「わたし」が変われば「世界」が変わってしまう。世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」よってしか変わりえない。(p281

『誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、あなたには関係ない。わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。』(p212

「向かい合う」。そして、まずは自分が変わってみる。

私自身、これまで「向かい合うこと」を常に考えさせられてきて、時にはそこから無意識に逃げてしまっていたこともあった。しかし、向き合うことから逃げていては、物事の真意・真理にたどり着くことはできない。そんなことを、私は私自身の失敗から学んだところだ(失敗にそういう意味付けをした、とも言える)。

「これはこういうものだ」、「この人はこういう人だ」、「ここではこれがあたりまえだ」。そう考えてしまうことがあった。

「向かい合ったって、どうせ」と決めつけてしまった方が、自分にとって楽だったから。「いいよ、いいよ、そんなやつ放っといて。」そう言って、あたかも自分だけが正しくて、あいつらは間違っている、とでも言うように。

しかし、チームという組織において、向かい合ってもいないのに、「それはそういうものだから」と、「変えることができる(かもしれない)もの」を「変わらないもの」と決めつけてしまうのは、組織に属する人間としてあまりに無責任な行為である。

「他者の課題」は結果的に「自分の課題」へと繋がる。そして「自分の課題」は「チームの課題」に繋がるのだ。自分自身が「変えられる」問題を、他人事としてあきらめてしまうのは、結局は自分の首を絞めることになる

自分の時間と、体力と、思考を使ってでも、真摯にその物事と向かい合って、結果的にそれが「変えられないもの」だったとわかったとしたら、その時はその時でまた別の手段を考えれば良いのだ。

目の前にある「変えることができるもの」と向かい合おうとせず、目を瞑って過ごしていれば、何か上手くいかなかったとき、「俺はちゃんとやってたのに、あいつらがやらなかったから」と他人のせいにして、そんな時にはとうに、「チームの課題」である至上の目標を共有していることすら、忘れてしまっているに違いない

自分の手が及ぶ範囲を見極め、その範囲の中で、自分にできることは全て、やる。そしてそのファーストステップは、他者に変化を求めるような「介入」ではなく、「自分自身が変わる」ことである。

「わたし」が変われば「世界」が変わってしまう。世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」よってしか変わりえない。

この言葉は、決して「自分が世界を変えられる」ということを言っているのではない。ここで言う「変える」というのは、単に見方が「変わる」ということに過ぎない。「世界」が、「ひとつの物事」が、どういうものか、それを決めているのは結局自分自身の見方であり、それにどんな意味付けをしているかが全てである。

だからこそ、「自分が変わる」ことで、「世界」をも変えることができる。その物事の見方、つまりは「物事への向かい合い方」を変えることで、「変える」という目的を持たずして、その物事変えることができる、ということだ。

向かい合い方が変われば、その物事に関してのアクションが変わり、自分の起こすアクションが変われば、周りのリアクションが変わる。そこに、無理に介入をして、実態を変える必要なんてない。「変わった」と思うのは自分だけで良いのだ。「変わった」と自分が思うのであれば、その物事は、「変わった」のだ

向かい合うこと。自分ができることは全てやること。そして、周りや環境を「変えようとする」のではなく、まずは自分が「変わろうとする」。そのアクションが結果的に、全てを変えるきっかけになるのだ。

自分が始める。何としてでも。

『誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、あなたには関係ない。わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。』

最も自分の胸に刺さった言葉の1つである。

「このままじゃダメだ」、「もっと変えていかなきゃ」、「自分が変わらなきゃ」。そんなことをいくら思ったとしても、同じことを考えている人は自分以外にいないのではないか。たとえ自分が声を挙げたとしても、それに呼応する人はひとりもいないのではないか。組織に向かい合うことで見えてきてしまった、悪しき習慣に異を唱えたとしたら、自分がここにいられなくなるんじゃないか

こう思わない瞬間は、ない。

それほど自分は強くないし、「若いのに臆せず言ってすごいね。」そう言われることがあっても、心の中は不安ばかりだ。ひとりになりたくない。そんな自分を完全に消すことなんてできない。最もらしく書く文章だって、所詮は強がりなのかもしれない

実際に、私がこれまで関わってきたチームでも、「やらなかった後悔」を繰り返してきた(あとになって気づいた)。その背景にあったのは、やらないことで、突き詰めないことで自分を守ろうとする、孤独になることへの不安や恐怖をこしらえていた自分自身かもしれない。

恥ずかしくも過去の話を引っ張り出せば、自分の幼少期は、人の目ばかり気にしていて、自分が他者からどう見られているか、そんな小さなことばかり気にしていた。今だって、そのモードに入ろうと思えば、いつだって入れるだろう。

だけど、私は今の仕事、アスレティックトレーナーとして、アスリートに、人の人生に寄り添う仕事を通じて、まさに、“物の見方”、“考え方”、“向かい合い方”を学んだ

本当の自分がどんなものかなんて、もはやわからない。「自分がどんなものか」を決めているのは、他ならない自分であるのだったら、「強い自分」を作ってしまえばいい。

そうすれば、ふと気付いたときには、「本当の自分と思い込んでいた自分」が、「本当の自分」になる

前もどこかで書いたかもしれない。私はこうして文章を残すことで、自分自身へ負荷を課していると思っている。おそらく、負荷を課し続けなければ、自分のやりたいこと、いきたい場所、叶えたい夢には届かないと悟ったから。

そんな、本当は弱い私に、この言葉は勇気を与えてくれた。それと同時に、この先も続いていくだろう、“自分との戦い”の辛さを突き付けられた気がした。

今の自分は、自分で「頑張って作り出している自分」なのかもしれない。しかし、決して「嘘の自分」なんかではない。

学生トレーナーだった頃の自分は、何となくしか湧いてこなかった自分の考えや、物事に対する感情を、今はこうして言語化することができる。これは、大きな成長であると、切に感じることができる。自分の考えを言葉にすること自体、4、5年前の自分にとっては負荷だったかもしれない。しかし今それは、何の負荷にも感じない。

こうやって、いつか、“強がる”という、“正論を並べる”という、“言語化という監視台を作る”という負荷も、いずれは負荷と感じなくなる日が来る。そのとき、ここに言語化する言葉は全て、本当の意味で「自分の言葉」になると信じている

それと同じように、今は、仕事に向かうとき、「こうあるべきだ」という重くて分厚い鎧を着ないと、正しいことを貫くことができないかもしれない。時には、鎧だけでは足りないかもしれない。「やらなかった後悔」をまた繰り返してしまうかもしれない。

でも大丈夫。見た目なんてどうでもいい。どれだけ繕ったっていい。その中心ある自分の信念さえ、自分の信じる道さえ見失わなければ、物事は正しい方向へ変えていける

今目の前のことと向き合い、信念を貫いていくことで、孤独を感じることだってたくさんある。誰も協力してくれないことだってたくさんある。

しかしそんなとき、周りにベクトルを向けるんじゃなくて、まずは自分にぶっといベクトルを向ける。長くて辛い道のりかもしれないけど、必ず、今自分が「変わる」ことによって、今自分が始めることによって、自分のまわりの全てが変わる時が来る。そのままの自分が、「世界」を変える時が来る。


生き方まで変わるようになるには、「それまで生きてきた年数の半分」が必要になるとさえ、言われています。~あなたはまだお若い。それだけ人生の早い時期に学び、早く変われる可能性があるわけです。早く変われるという意味においてあなたは、世の大人たちより前を歩いている。自分を変え、新しい世界を作っていくために、ある意味ではわたしよりも前を歩いている。道に迷ってもいいし、ブレてもいい。縦の関係に従属することなく、嫌われることを怖れないで、自由に進めばいいのです。(p244

「哲学」とは、「自分らしさ」。

そもそも「哲学」って何なのか。それを知った上で、自分の中に作り出している「哲学」っぽさを探ってみよう。それが、今回『嫌われる勇気』というある種の哲学本を手にしたきっかけであった。

哲学者からみれば、「哲学」を知るためにこの本を読むなんてことは、到底浅はかなことであると思われただろう。それは自分自身感じていたし、文章を書き始めた頃は実際に、「がっつり哲学書」にも目を通そうと考えていた。

しかしこの本を読んで、思考を巡らせていくうちに、何も学術的な「哲学」を学ぶ必要など、今の自分にはないのではないかと思い始めた。

「アドラーの教え」を説いたこの本は、アドラー心理学だとかアドラー哲学だとか呼ばれているが、いわば、「アドラーの考え方」、「アドラーの物の見方」、「アドラーの物事への向かい合い方」そのものであり、読んでいくうちに、次々に出てくる言葉には「アドラーっぽさ」を感じずにはいられなかったし、論じていく末を予想できる感覚を覚えた。

それは、ひとえに、アドラー(岸見氏と言ってもいい)の信念、核とでも言おうか、そんな「アドラーらしさ」に気付きを与えられたに過ぎなかった

この本としっかり向き合って(実際に「向き合った」と表現することが正しいと思うほど、かつてない程に思考を巡らし、メモを書き散らかした。)、とてつもない共感を覚えたのも確かであるが、深く考えるほど自分の胸には響かなかった部分があったのもまた事実である。

それは、この「アドラー心理学」は、単なる「アドラーの考え」に過ぎず、「わたしの考え」ではないからだ。だからここには、すべてに共感する必要も、賛同する必要も、真似をする必要もない

そんな中でも、アドラーの(岸見氏の)「大事にしている考え」に触れることができた気がするし、だからこそここまで自分の考えを引き出すことができた。結果として、考えが重なる部分があった、からである。

前に書いたが、属していることを自慢できる唯一のコミュニティでもある、トレーナーの同期たちといるときに、これと似たような感覚を覚える。

彼らの口から発せられる言葉からは、完全な共感などなくても、「信念」や「核」を、「彼らっぽさ」、「哲学」を確かに感じられる。これは決して、誰にでもあるものではない。目の前の物事と、選手と、チームと、真っ向から向き合っているからこそ、意識せずとも湧き出てくるものなのだ。

彼らと四六時中一緒にいたいかと言われれば、確実にそうではないし、仕事の面以外では果てしなくだらしない奴らもたくさんいる。しかし、同じ「アスレティックトレーナーという職業」、「人の人生に寄り添う仕事」、またはその経験を、同じ時間軸でしてきたからこそ、絶大な信頼を置けるし、一緒に仕事をするなら彼らが良い、そう思える。

いずれにせよ、彼らと同じように、私に大事な「物事への向かい合い方」を教えてくれたのは、「アスレティックトレーナー」という仕事である。この仕事を通して、様々な人間と出会い、様々な組織に属したことで、私はより豊かな人生が送れるようになったと、思っている。

この仕事が私に与えてくれたものは、自分が今見ている「世界」を「変える」ことができる考え方であり、そのために自分が「変わる」という、気付きと勇気である

人生においても、大切なことに気付かせてくれる、「アスレティックトレーナー」という素晴らしい職業を、心から志して良かったと思えるし、これからも私の人生を難しくも、楽しく、支えていってくれる、天職であり続けるだろうと思う。

結局、しばしば言われるようになった、私が書く文章の「哲学っぽさ」は、他でもない「自分っぽさ」だろうと思う(ことにする)。

「哲学」っぽい。

これは、テーマは様々だったとしても、読む人が、その中に「一貫してある何か」であったり、「信念」を感じてくれた証拠だと思っている。

自分の考えを言語化することに努めようと、学生のころからGmailの下書きに自分の考えを書き連ねていた。そんな行為と、思考を巡らせずにはいられないようなスポーツ現場と出会ったことで、自分の考えや、物も見方、向かい合い方を徐々に言語化できるようになってきた

それを繰り返していくうちに、自分の「核」が生まれてきて、「自分らしさ」が出てきたのかもしれない。それこそ「自分の哲学」であり、「自分の考え方」だ。

そう思うと、学術的に「哲学」を知らないからと思ってカテゴリーの名前を変えた、「等身大の考え」というフレーズも、言わんとすることは変わらないのかもしれないと思える。

何にせよ、自分の考えを確かめるため、整理するために言語化していることに変わりはない。確固たる「哲学」を、自分の中に作っていくために、これからも続けていこうと思う。

この本を読むことで感じた、共感のようなものと、何だか「見透かされているような」、ゾワゾワする感覚。そんな感覚は必然だったのかもしれない。

だって、「哲学」とは、「自分らしさ」であり、自分の中の、「大切な信念の、ど真ん中」であるから。そりゃ、そんなところに、他者の言葉を借りてでも、触れられたとしたら、ゾワゾワするに違いない。

私はこの本を通じて、「自分」に触れ、「自分」を再認識した。

自分にも「哲学」があることを、教えられた。

①:「哲学っぽさ」を求めて①

②:「哲学っぽさ」を求めて②


岸見 一郎, 古賀 史健:嫌われる勇気—自己啓発の源流「アドラー」の教え—. ダイヤモンド社, 2013

引用文まとめ:『嫌われる勇気』より

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