新型コロナウイルス感染症に伴う行動規制から、世界でも自粛緩和に向けての取り組みが進む中、“第2波”への懸念が取り沙汰されています。
スポーツ競技者や運動に取り組む人々は、この新たな「感染のリスク」に加えて、「もう1つのリスク」を考える必要があります。
それが運動の裏に潜む、「重篤な傷害」へのリスクです。
運動再開に向けたガイドライン

諸団体に先駆けて、全米ストレングス&コンディショニング協会(NSCA)からは運動やスポーツに焦点を当てたガイドライン(1)と、これに紐づけて今回の自粛期間のような「長い不活動期間」の後の運動復帰に関する論文(2)が公開されています(NSCAジャパン)。
ガイドラインがいち早く翻訳されて公開されたのは大変喜ばしいことで、幅広い人口が参考にできるものだと思います。
しかしながら、我々専門家や有資格者へはこのような情報はすぐに届くのですが、一般の方や指導者が近くにいない競技者などには中々届きにくい現状もあります。
そんな中で、ここに書いてあるような危険な「リスク」に関しては、実際の事故が起こり得る現場の多くは、運動に取り組む一般の方や教育現場など、“医学的な知識を持った専門家がそばにいない”状況です。
そういったことも踏まえて、今回はごく簡単ではありますがこれらの文献を引用し、情報をまとめていきたいと思いますので、一般の方々や指導者にとって少しでも“気づき”があればと思います。
(詳しいレビューは我々トレーナーチームで行っていますので是非そちらをご覧ください:Train Station:Blog)
2つのリスク管理

これらの文献で取り上げられてることは主に2つ。
「感染の危険性」に関しては、行政が公開した指針を前提とし(スポーツ庁)、それを遵守した上で、感染防止のために指導者や管理者が気を付ける点について書かれています。
もう一つのリスクである「重篤な傷害」とは、重症化すると命に関わるとされている「熱中症」や、筋の分解に始まり最終的に臓器の機能不全を起こす「横紋筋融解症」と、これらに関連する心肺不全のことを指しており、長期の不活動期間から運動を再開する際のこれらリスクの理解を仰いでいます。
スポーツ関係者が考えるべきこと
ここからは、実際の文献を引用(画像内)しながら見ていきます。

東京オリンピックや国際大会の延期、そしてローカルな部分でも高校総体や各競技の大会も延期または中止が発表されていることからも、スケジュールの変更に関しては意識せざるを得ない状況でしょう。再開がなされた後でも、施設利用などイレギュラーな部分は必ず出てきますので、指導者や責任者は対応を練っておく必要があります。
チームメイト間の準備レベルの相違に関しては、個人が置かれる環境によって大きな影響を受けていると考えられます。これは教育現場でも言われていますが、ネット環境が悪くオンライン指導が受けられない、また住んでいる家や地域によって、動ける範囲が限られていることもあるでしょう。ですから、指導者としてはオンライン指導や課題を「与えて満足」するのではなく、そこからさらに個人のモニタリングまで行うことが推奨されます。
密に連絡を取っていれば、コンディションの状態やメンタル面でのケアなど、選手や部員ひとりひとりの身体的・精神的変化をトラッキングすることが可能ですので、そうすることで、再開後のスムーズな取り組みにもつながると思います。
施設の管理

指導者が気を付けるべき感染対策に関しては、特定の場所に限らず、スポーツ活動をする現場すべてに適応されるべきものです。使用するすべての物品、特に選手間で共有するもの(スクイズボトル、タオル、ボール)に関しては細心の注意が必要です。場合によっては、これまでのチームの習慣を変える必要も出てきますので、そのあたりもチーム内で共有・徹底していきたいところです。
私がアメフトの現場にいたときは、ちょうど重要な試合期にインフルエンザが流行し始めていたので、その時には1プレーごとにトレーナーがボールを回収し消毒するという作業を永遠と繰り返していました。しっかりと対策を考えるのであれば、それぐらいの対応も然るべきかもしれません。
チームスポーツであれば、練習の組み立て方も考えなくてはなりません。複数人でグループを作って行う練習も多々あると思いますが、その人数を減らすとか、対面を避けるとか、行政や競技団体のガイダンスに則りながら様々対応する必要が出てくると思います。
もしそうなったとしても、分習的な練習に時間を割く良い機会だと思って、ポジティブに考えたいところです。
負荷の急激な変化を避ける

先に述べられているように、選手間でコンディションの差ができるのはもちろんのこと、それ以前にスポーツに参加するすべての人が、「コンディションが自粛期間前の状態ではない」ということを理解しなくてはなりません。自身のコンディションを見誤って、この期間に“無理”をすることは、「重篤な傷害」のリスクを高めます。
それを踏まえ、活動再開後には最低2週間をかけて段階的に強度を増やしていくことが推奨されています。指導者や練習メニューを立案する立場の人間は、“いきなり”以前と同じ練習をするのではなく、場合によっては“物足りなさ”を感じるかもしれませんが、移行期間では「回数」や「時間」、「量」や「質」などのトレーニング変数を落として行う必要があります。
また、防具などを着用して行う、アメフトやラクロスといった競技では、「防具」そのものも放熱機能を妨げるリスクとなり得るため、この期間においては着用する時間や回数も調整していきたいところです。

文献の中では、この段階的な運動再開(「50/30/20/10ルール」)の扱いは、アスレティックトレーナーが管理する脳震盪からの復帰手順のように、厳格に管理・実行する必要があるとしていますので、指導者が理解するのは当然の事、選手・スタッフにも周知させることが大切です。
「最悪のリスク」を想定する

上で述べたようなコンディションの低下は、競技力の一時的な低下だけでなく、生理学的な運動耐容能にも影響を及ぼします。仮に運動再開後に、適切な負荷が調整されなかった場合、重篤な傷害にかかるリスクが高まると言われています。
つい最近、規制緩和が続く中国において、体育の授業中の突然死が相次ぎました(NHKニュース 中国 体育の授業で…)。ここでは、「高性能マスク」の着用が原因の一つであると言われていますが、死亡した全員が同様のマスクをしていたわけではありません。発生現場も体育の長距離走の最中ということもあり、しっかりとしたリスク管理が行われていたのかどうか、非常に疑問が残ります。
日本においても、ちょうど暑さが厳しい時期に緩和が進む可能性もあるため、悲惨な事故を起こさないためにも、熱中症とそれに関わる重篤な傷害には十分注意しなくてはなりません。
時間をかけて段階的に運動強度を上げていくことは、これらのリスクの低減にもつながりますので、指導者はある種“危機感”をもって移行期間の指導に当たるとよいと思います。
リスクの認識と対応策の準備

この自粛期間ならびに規制緩和の目途が経つ時期に必ず行っておきたいのが、冒頭でもあった個人個人のモニタリングです。リスクが高まると予想される熱中症などは、個人のステータスによってその度合いが異なります。
指導者は選手一人ひとりの身体的特徴や元のコンディションを把握することで、高リスク群を事前に把握することができます。そして場合によっては、移行期間中にも個別化されたメニューを用意する必要があるかもしれません。
重要なことは、起こり得るリスクを理解し、最悪の状況を想定して準備をしておくことです。しっかりとリスク管理をし、管理された中で運動を再開していくことで、これら「感染の危険」と「重篤な傷害の危険」2つのリスクは、確実に減らすことが出来ます。
そのためには、指導者がこれまでよりもよりアンテナを張って選手一人ひとりと関わり、より長期的なビジョンでチームの成長を計画していく必要があります。
最後に
ここで言われている「リスク管理」は、この昨今のコロナ情勢に限って活かされるものではなく、常に潜んでいるスポーツ活動中の潜在的なリスクにも対応できます。
これを機に、より多くの人が今まで持っていなかった“目”を持つことで、完全に再開できた暁に、今までより健全で安全なスポーツ活動が広まっていくと信じています。
コロナをしっかり踏み台にして、スポーツ・運動・健康を底上げしていきましょう。
アスレティックトレーナーチーム:Train Station
チームBlogにてより詳しい考察を行っています:『運動再開に向けて』
1)National Strength and Conditioning Association. COVID-19トレーニングへの復帰 アスリートのための安全なトレーニング再開に関するNSCAガイドライン. (2020).
2)Caterisano, A. et al. 不活動後の移行期にトレーニングに安全に復帰するためのCSCCaとNSCAの合同総合ガイドライン. Strength Cond. J. 13–37 (2020).
□ NSCAジャパン. NSCAジャパンとしての取り組みおよび支援に関する情報:https://www.nsca-japan.or.jp/explain/support_info.html
□ スポーツ庁. スポーツ関係の新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドラインについて:https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop01/list/detail/jsa_00021.html